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園まり

平成28年元旦

あけましておめでとうございます
皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます
そして、平和で明るく楽しい一年になりますように
 
今年は何か良いこと、ありそうな気がしますね。
だって園まりさん申年生まれ年女だもん。
 
1968
昭和43年新春号・女性自身
 
 
39
昭和39年新春号(美しい十代 付録)
             
表紙の右下に「掲載した洋服をさしあげます」と書いてあるでしょう。
昭和39年にもこんな企画があったんですね。
 
今年は2016年2月号(2015年12月21日発売)『月刊カラオケファン』の特集「申年生まれのスター愛用品プレゼント」で園まりさんが試着したドレスをプレゼントされるそうです。
女性ファンはぜひ応募されてはいかが?
着れば気分はスタァ園まり!
 
 
ところで...昔々、申年は頭がよくてイタズラっ子が多いと言われてました。
まりちゃんも、時々イタズラっぽい目でニコッて笑うとき、ありますよね。
あの笑顔が大好き。
今年も明るく楽しく元気に活躍されますように。
 
 

園まりさんに招待された、ある商社マンのお話

副題:園まりさんって...
 
○異説・ビジネス武芸帳
 
Photo     
サラリーマンを長年していると、仕事の上で窮地に立たされることも、間々あります。
「気楽な稼業と来たもんだ」は歌の台詞だけで、現実は厳しい...
 
私は技術系の人間なのですが、どういうわけか、対外交渉をやらされたり、トラブルシューターを任されたり、専門外の仕事が多かったんです。
困り果てて上司や先輩に相談もしましたが、他力本願は自らの評価を下げるだけで、結局は自分で何とかしなければならない。
 
そんなとき、あなたならどうする?
「泣くの歩くの 死んじゃうの」なんて言ってられませんよね~
 
Photo_2     
私は、よく、この手の本を読みあさりました。
対外交渉に窮したときだけではなく、職場内で壁に突き当たったときも読んだ。
「知識は使ってこそ身につく」と言いますが、背水の陣で必死に読むわけですから、たとえ付け焼刃でも身につく。
この中では、D・カーネギー著の「人を動かす」、松本道弘著の「ディベートに学ぶ必勝の交渉術」(左の隅に写っている本)がおすすめです。
 
しかしこういった著書も余裕があるときにゆったり読むと、案外娯楽書としても楽しめるものです。
そして、中には園まりさんのことが載っている本も。
そこで、今回はこの中から『異説・ビジネス武芸帳』の一部をご紹介します。
     Photo_3
       
 
著者の牛場靖彦氏は慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱商事に入社、1973年、同社が出資創設したアスレティッククラブの代表取締役として出向、帰任後退社、独立し、リスクマネジメント事務所を開設して活動中。
「リスクマネジメント研究会の代表幹事」等多方面に活躍、ビジネス系の著書多数。
 
時は昭和40年代、高度経済成長の真っ只中、牛場氏は三菱商事にいた。
仕事は手に余るほど忙しく、厄介な問題も次々と浮上したが、楽しいことも多々あったらしい。
商社の海外駐在員は仕事と直接関係が無いことでも、本社から依頼があれば日本から来る人を接待しなければならない。
 
あるとき、ロサンジェルスの駐在員が渡辺プロダクションから頼まれ、人気絶頂だった園まりさんと奥村チヨさんをアテンドしたことがあった。
二人をレストランに案内し、その上ロングビーチをドライブしたという。
本社の連中はたいへんに羨ましがったが、そんな気持ちを察したのか、ロス駐在員から牛場氏宛てに園まりさんの写真が届いた。
「ロスで撮ったものだが、できたらそちらで手渡して欲しい」
 
そこで彼は赤坂のお店(フラワー園)を訪ねたが、園まりさんは地方巡業中だったので、お母様に渡してきたそうなんです。
ところが、三日ほど後、園まりさん本人から会社にお礼の電話がかかってきた。
「ロスでお世話になったうえに、写真まで届けていただいて有難うございます。牛場さん、お忙しいでしょうけど、ご都合のよろしい時にぜひいらしてください。2階の喫茶店をちょうどバーに改造しましたので、ごゆっくりできると思います※」
 
1969_2
昭和44年2月頃
 
それで、氏が訪ねると、彼のためにボトルが用意されていた。
それ以来ずいぶん通ったそうなんですが、後輩に「園まりファン」が何人もいたので、お店に連れて行き、紹介して一緒に飲んだこともあるという。
※著書の中で、この部分は園まりさんの口から出た言葉をそのまま書いているように感じたので、当ブログでもそのまま引用しています。
 
1970年6月 ロサンゼルス訪問写真
      
昭和45年ごろ、ロサンゼルスの日系人向け海外公演をしているらしいので、これは、そのときのことでしょうか?
何れにしても、「こんなに粋な計らいをする園まりさんって、なんてカッコいいんだろう」と単純に思ったものです。
でも、よく考えてみると、これはビジネスマン(ビジネスウーマンか)としてたいへん深い話ではありませんか?
 
ナベプロからロス駐在員に依頼があったということは、取引上どこかで繋がりがあるということ。
牛場氏も園まりさんも、それぞれ会社の看板を背負っている立場であることを考えると、園まりさん個人として感謝の意を表したかったことに合わせて、次の気持ちをとてもスマートに伝えている。
「御社と渡辺プロダクションのお付き合い、これからもよろしくお願いいたします」。
「よろしかったら私のお店も、ごひいきにして下さいませね」。
 
牛場氏と後輩の何人かは常連客になったであろうし、後輩の中には「園まりのお店を知ってるぞ」と得意げに知り合いを連れてきた者もいるかもしれない。
スーパーエリートの常連客が増えるのは、お店のステータスを考えても好ましいことです。
 
また、ロサンジェルス公演より時代は少し後になりますが、ハワイやブラジルでも公演している。
ホノルルでは、ミュージシャンのダブルブッキングで穴をあけられる等、度重なるトラブルに見舞われてもそれにめげず、サンパウロでは大勢の観衆を前に大成功を収めている。
 
「園まりさんって、大物だなぁ」というのが正直な感想です。
 
それから、ビジネスとは全く関係ないところで、もう一つ。
 
 
○粋(いき)とは?
 
先ほど、自分で「粋な計らい」と書いて、「おや?」と想いをめぐらせてみました。
粋(いき)とは・・・心が、おしゃれで洗練されていること、当然表情や行い、ファッションにも影響するので、身なりや容姿、行動をさして「粋」と表現することもあるが本質的には心の問題。
反対語は「野暮」「不粋」。
 
しかし、「ホントに野暮なんだから」と言われたら、まだ愛すべきところが残されていると感じるが「ホントに不粋なんだから」と言われたら、明らかに顰蹙を買って全面否定されている。
よって「野暮」と「不粋」、厳密には同じ意味では無いと想う。
 
不粋は「ブスイな女(おんな)」「ブスイな男(ひと)」と言った使われ方をして、あまり「ブスイな人」とは言わない。
これが省略されて「ブス」となり、異性の心や行動、容姿をけなす言葉となった。
一般には「ブス」は「附子」と書き、トリカブトの塊根を語源とするそうだが、私の考えはまったく違う。
 
じゃあ「ブス」の反対語は「粋」なのか?
だれが考えたって、ちがいますよねぇ。
正解は「いいおとこ」「いいおんな」に決まってるじゃないですか。
それでは、ここでいう「いい」とは何か?
心や行動が洗練されていて色気があり、優しく、芯が強く、容姿端麗であること。
いわゆるイケメンや美人とは一味ちがうのです。
 
Photo_4
     
ここまで読んだら、なにが言いたいか判りますよね~
「園まりさんってどんな人?」と訊かれたら、「美人」ではなく「いい人」でもなく「いいおんな」と答えてください。
 
ただし、その結果どのような誤解を招こうと、当局は一切関知しないからそのつもりで。
なお、このページは10秒後、自動的に消滅する・・・なわけないじゃないですかぁ(^┰^;
 
・・・おしまい
       
     

「♪つゆの玉ころり」

副題:『童謡歌手・園部毬子』が住んでいた世界
           
2015年10月現在、園まりさんの公式ブログも充実してきて、最新情報に不自由する事はなくなりましたね。
そこで、逆に不自由しそうな情報、つまり最古のネタを書いてみようと思い立ちました。
    
今回は、園まりさんを中心に、童謡歌手の世界を少しだけお話ししようと思います。
なお、人名がたくさん出てきますので、文章を読みやすくするため、敬称を省略させていただきましたが、ここに名を上げた方たちは、皆憧憬の対象であり、決して軽んずる気持ちはありません。
                 
   Photo
○なぜ園部なのか?
            
副題を見た方は、「これ、誤字じゃないの?」と思われるかもしれません。
確かに園まりさんの公式サイトを見ると「キング児童合唱団に入団。本名の薗部毬子で童謡歌手、少女モデルとして活動。」となっています。
           
しかし、童謡関係資料を見ると、「園部毬子」となっているものが多い。
なぜ「薗」が「園」になってしまったのでしょうか?
それは「当用漢字が定められたいきさつ」にあるのかもしれません。
           
終戦後まもなくGHQから「漢字廃止」の要求があったという。
日本における漢字使用を制限し、ゆくゆくはアルファベット表記に統一しようとする政策指針である。
しかし日本側の強い抵抗と、社会的混乱を考え、当面用いる漢字を認め「当用漢字※」が定められたが、公に使用できる文字は大きく制限されてしまった。
          
※戦争に負けるとは、こういうことなんです。
文字どころか、公用語だって、占領国の言葉意外認められない可能性があったのです。
私が子供のころは、小学校でも「当用漢字」が教えられて、現在のような「常用漢字」なるものは無かった。
もし、言葉まで英語になっていたら、日本の古典文学や落語は木っ端微塵になっていたかもしれないし、「ムード歌謡」も生まれず、ポップスとオペラだけだったかもしれない。
            
で、「当用漢字」ですが、法令・公文書・テレビ・新聞・雑誌及び教科書等は基本的にこれを用いる事とし、固有名詞については異体字が存在しない、若しくは代替として適当な文字がない場合のみ「当用漢字」以外も使用可能となったらしい。
これに基づき『薗』は異体字の『園』を使う事に、『毬子』の『毬』は他の文字に代替することが適切でないためそのまま使用した」というのが私の推測なのですが如何でしょうか?
            
以下に参考になりそうなサイトのリンクを表示します。
                 
当用漢字表の実施に関する件(内閣訓令第7号。昭和21年11月16日) 
当用漢字表(内閣告示第32号。昭和21年11月16日) 
余談ですが、今年2月頃、ジャーナリストの池上彰さんも、テレビで似た様なことを言われていましたね(録画しなかったので、番組名など詳しいことは覚えていません)。
              
           
     
○キング児童合唱団
          
これについては、主に「童謡歌手からみた日本童謡史」(長田暁二/著 出版者 大月書店)を参考にしました(他の書籍やサイトも一部参考)。
         
Nihon_douyousi
          
著者の長田暁二氏は昭和28年2月、キングレコード童謡ディレクターに就任し、キング児童合唱団をプロデュースされた方です。
合唱団には常時100名以上の才能ある童謡歌手が登録されていましたが、実際にソロでレコーディングしたのは、一握りの有望歌手だけ。
園まりさんもその一人で「♪つゆの玉ころり」を吹き込んだときの担当も長田氏でした。
次に引用したのはその部分です。


長じてムード歌手として成功した園まりも園部毬子の本名で『つゆの玉ころり』を、高石かつ枝になった山崎宏子も『おひさまひかっている』を、日吉ミミとなった日吉順子も『谷の吊橋』という童謡を私の担当で吹き込んでいます。

これは長田氏の経歴からすれば、ほんの一部分にすぎないのですが、音楽業界(童謡界)の超大物プロデューサーであったことが想像できます。
次に彼が担当した童謡歌手の一部だけを紹介しますね、これがすごい。
      
近藤圭子
名実ともに、キング童謡歌手のトップスター
昭和18年3月18日生まれ、7歳でキングレコード専属作曲家・山本雅之に師事し、29年にキング専属歌手になる。
その後は長田氏が芸能界での親がわり。
ヒット曲に「♪海ほおずきの歌」「♪パン売りのロバさん」等。
テレビ時代を迎えた昭和30年ごろ、日本テレビの専属第一号タレント、そして東宝映画のニューフェイスとなり、人気は爆発、少女雑誌や週刊誌のグラビア・表紙を飾る。
    
スクリーンでは『透明人間』『宮本武蔵』、その後テレビでは『豹の眼』『快傑ハリマオ』でヒロインを演じる。
また、歌謡曲「♪私はおとなになったのよ」で童謡歌手を卒業、昭和38年NHKミュージカル『バリ島への道』で主役をつとめる等し、女優に転身する。
    
しかし、前途洋々だった昭和40年、ある事情で突然芸能界を引退してしまう。
しとやかだが、思いつめる性格だったらしく、長田氏いわく「そっとしておいてあげたい気持ちでいっぱいです」。
童謡歌手時代から、個人的な相談にものっていた氏にとって、彼女は実の娘のように、かわいい存在だったのかもしれません。
現在はハワイに移住し、幸せな家庭を築いているとのこと(1994.11.1現在)。
 
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透明人間が唯一心を許す、盲目の少女・まり

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「♪南十字星の歌」(『快傑ハリマオ』から)
        
    
小谷和子
近藤圭子以前の、キング童謡歌手トップスター。
長田氏によると、甘美な唄声には子供とは思えぬ色気があったという。
著書の中で彼は、テレビ時代の到来が遅かったことを、残念がっている。
「もう少し遅く生まれてくれば、その美貌からテレビ時代の寵児になっていたであろう」とのこと。
ヒット曲に「♪赤い郵便馬車」「♪さばくのランプ」等。
       
    
渡辺典子(女優の渡辺典子さんとは別人です)
音羽ゆりかご会から昭和30年1月にキングへ移籍
ストレートな歌い方で近藤圭子と人気を分かつ。
ヒット曲に「♪山鳥の啼く里」「♪ひばりの赤ちゃん」等。
   
    
井口小夜子
昭和14年「♪乙女十八」でデビュー。
ニッポン放送開局時に《歌のお姉さん》として幼児向け番組を持つ。
ヒット曲に「♪みかんの花咲く丘※」「♪月見草の花」「♪紅孔雀の歌」等。
(※川田正子さんより先にレコーディングされたそうです)
     
    
秋田喜美子
幼い頃から「音羽ゆりかご会」に所属、その後キングに。
ヒット曲に「♪あの子はたあれ」「♪土人のお祭り」等。
     
    
中根庸子
戦中、戦後と「♪船頭さん」を歌いヒットする。
他に「♪月見草の花」等。
後に民放の「キングアワー」のアナウンサーとして活躍。
     
    
高木淑子
おとなしい性格だったが、ソフトな発声が音楽の専門家・教育関係者・NHKなどから高く評価された。
ヒット曲に「♪ないしょ話」「♪グッドバイ」「♪赤い鳥小鳥」等。
     
    
他に、「♪かもめの船長さん」の北野修治、「♪ふしぎなポケット」の小川貴代乃、「♪月光仮面は誰でしょう」を歌った近藤善子・・・その他多すぎて全部は書けません(^^;
     
     
    
○歌のおばさん
     
「童謡歌手・園部毬子」のお師匠さんである安西愛子さんは『歌のおばさん』として有名です。
ところで『歌のお・ば・さ・ん』には裏話があるんです。
安西さんは、たいそう美しい方だったそうで、東京府立第五高等女学校時代、その爽やかさと美貌が評判の娘さんだった。
まずは、そんなエピソードから一つ・・・
     
国語学者の金田一春彦氏は旧制浦和高等学校時代、たまたま南阿佐ヶ谷の実家に戻ってきた時、道端で女学生の安西さんに出遇う。
彼女は金田一青年を見てニコリと微笑んでお辞儀をされた。
安西愛子さんと金田一氏は昔、阿佐ヶ谷童謡学園で顔見知りだったのです。
   
彼は、久しぶりに見た安西さんが目の覚めるような美少女に成長しているのを見て心奪われ、家に帰るなり、一世一代の恋文をしたためて、安西家の郵便受けに入れました。
そして、彼女からの手紙を寮で待ち侘びたのです。
ところが、一週間ほど後、金田一氏あてに届いたのは、裏に杉並第七小学校と言う印刷のある茶色の大きな封筒だった。
      
このお話の続きは→「金田一春彦が出した恋文のお返しとは」 
  
その安西さんはきれいなソプラノだったので、東京音楽学校声楽科に進み、浅野千鶴子などに師事、正しい発生・発音と正確な音程を身につけ、同校を卒業します。
   
彼女の日本語歌唱はすばらしかったそうで、「♪あゝ紅の血は燃ゆる」をヒットさせ、その後、「♪お山の杉の子」により、一躍全国的に知られます。
邪気の無い清純な歌声は快い調べとなって、戦時中のすさんだ国民の心をも癒し、大ヒットしたそうです。
   
子供が大好きだった安西さんは戦後児童合唱団を結成、「♪お山の杉の子」にちなんで『杉の子こども会』と名づけました。
            
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『歌のおばさん』
          昭和24年8月1日からNHKは松田トシ・安西愛子の二人を起用、幼児向け歌番組『歌のおばさん』を開始しました。 これはGHQの命令により作らされたもので、アメリカで放送されていた『シンギング・レディー』という番組が参考にされたそうです。      それにしても若く美しい二人に『歌のお・ば・さ・ん』とは。 常識で考えると、失礼ではないかと想われるこの番組名、実はNHKでは放送を短期間で終わるつもりはなく、できることなら10年・20年と続けてもらいたいとの願いから、「20年後に『歌のおねえさん』では変だ」と、この番組名になったのだそうです。 つまり、お二人はそれほど信頼され、また期待されていたんですね。 この番組がどれほど国民の心を癒したかは、団塊世代から上の方なら、知っている人は多いと想います。      そして『うたのおばさん』が人気番組だった昭和29年、お父様につれられてやってきた、薗部毬子ちゃんが、『杉の子こども会』の門を叩いたのでした。                   
○愛娘に託した夢

栃木・群馬・埼玉にはなぜか薗部性が多く、栃木市には薗部町というところもあるんですね。
群馬県館林は薗部家にとって『ふるさと』ともいえる場所らしく、やはり薗部性が多い。
館林には深山ゆりさん(園さんの実姉)の本名と同姓同名の方もいらっしゃったりして、ちょっとびっくりします(偶然ですが)。
    
園まりさんのお父様はその群馬県館林の農家に生まれました。
農家とはいえ、裕福な家庭に育ったお父様は、当時としては文化的な生活をしていたのでしょう、若い頃はクラッシックが好きで、オペラ歌手を目指していた。
しかし、時期的に大東亜戦争を含む昭和6年から始まった『十五年戦争』と重なっており、夢を実現することは難しかったのではないかと想像されます。
そして終戦、薗部家は館林の実家に食料疎開し、オペラ歌手の道は遠のくばかり、お父様は自身が実現できなかった夢をいつしか愛娘に託すようになりました。
       

そして園まりさんは10才のとき、御茶ノ水にあった「杉の子こども会」に、いきなり連れて行かれました。
そこで入団試験にパスし、歌のおばさん(安西愛子先生)に師事することになったのです。
      
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昭和29年頃、パンフレットなどに使われていた写真
   
                 
Photo
その頃の伊東ゆかりさん、後に芸能界で親友となる
写真は進駐軍のステージにて
   
その後、お父様や、学校の先生から「歌手になった方がいい」と言われて『キング児童合唱団』に入り、昭和31年『園部毬子』名で「♪つゆの玉ころり」をレコーディングします。
当時、キング児童合唱団担当のディレクターは、上に書いた長田暁二氏で、童謡部門に関してはほとんど彼一人で決定していましたから、このレコーディングについても長田氏の考えでしょう。
   
しかしここで、驚くべき事実があるのです。
園まりさんご自身もご存知無いかもしれませんが、「♪つゆの玉ころり」をレコーディングしたのは『童謡歌手・園部毬子』だけではないのです。
それは同じキング童謡歌手のトップスターだった『小谷和子』でした。
いったい、どういうことでしょうか、園部毬子ちゃんのために作られたオリジナル曲ではなかったのか?
     
Sp
おしゃれの三毛猫;つゆの玉ころり
         
上のSPレコードは片面が「♪おしゃれの三毛猫/田口幸子」もう一面が「♪つゆの玉ころり/小谷和子」となっています。
『田口幸子』はこの時キングレコード所属でしたが、どちらかといえばビクターで活躍した歌手のようです。
     
長田暁二氏は「小谷和子があと少し遅く生まれていれば、或いはテレビ時代の到来がもう少し早ければ、その美貌からして時代の寵児になったであろう。甘美で歌謡曲的な唄声は、子供とは思えぬ色気があった。」と言います。
     
ここから先は、全て私の想像ですが、彼は『園部毬子』の中に『小谷和子』へと通ずるキャラクターを見たのではないか。
園まりさんが童謡歌手として活躍した時代は、テレビ時代の幕開けと重なります、『小谷和子』で成しえなかった事を実現しようと考えたのかも知れません。
しかし現実には、そんなにうまく行かなかった。
     
昭和30年代に週刊誌ブームが到来し、童謡歌手は表紙やグラビアを飾りアイドル化した。
童謡そのものよりも、豆スターの人気が先行し、各レコード会社とも大きなヒットが出なくなりました。
   
キングレコードも近藤圭子の容姿に目をつけ、彼女を中心に高木淑子、北野修治、渡辺典子、山崎宏子(後の高石かつ枝)、園部毬子(園まりさん)、刈屋ヒデ子等を起用、相当数の新譜を送り出したが、大きなヒットはせず、ヒットしてもその作品の寿命が短かく、ファンの記憶に長く留まる曲を出しえなかった。
   
どのレコード会社も童謡スターの人気にたより過ぎていたのです。
最もいけなかったのは、各社とも専属作家を抱え、同じコンビによる似たような作品作りを繰り返していたため、ファンにあきられてしまった。
そして30年代中ごろ、一級の童謡スターが変声期になって引退すると、実力ある後継者も現れず、『童謡歌手』というスターのジャンルは消滅してしまいました。
     
私は、小学校入学のお祝いに童謡のソノシートブックを買ってもらいました、昭和37年のことです。
それが変な代物で、ソノシートなのに45rpm、テープを早送りしたような寸詰まりの歌声なのです。
   
中学生になったとき、それを33rpmで再生してみたら普通に大人の声だった。
しかもそのうちの一曲が九重佑三子さんの声にソックリ!
それについて、本当のところはわかりませんが、少なくとも昭和37年頃すでに童謡歌手は絶滅状態だったのでしょう。
   
でも、高校生の頃、テレビで川田正子さんを見たことがあります。
戦時中に歌っていた人だから、当然お婆さんだろうと思っていたら、おどろくほど若く、オバサンというより、お姉さんの雰囲気だった。
   
普通、大人の歌手が歌う童謡は、教育的で押付けがましく、好きになれないのですが、川田さんの唄声は、聴いているとホッとするところがあり、素直な気持ちになれて、「ああ、童謡っていいなあ」と思った。
童謡の文化はブームを過ぎても静かに根付いて、脈々と続いていたんですね。
今そのCDは、母親のラジカセの中にあって、母の心を癒しています。
   
『童謡歌手・園部毬子』は紛れもなくスタアでした。
売り出したタイミングによっては、第二の小谷和子として時代の寵児となり、近藤圭子・渡辺典子等と人気を分かち合っていたかもしれない。
そして、『快傑ハリマオ』や『豹の眼』のような番組でヒロインを演じたかもしれない。
しかしその場合、「園まり・宮川コンビ」は生まれたでしょうか?
はたして『園まり節』が一世を風靡することになったでしょうか?
運命ってわからないものですよね。
・・・おしまい
         

園まりさんの「前世」と「運命」???

副題:すっごい、不思議なサイトを見つけました

 
 
有料の占いサイトらしいのですが、当たっていると思いますか?
たしかに独自のヘアスタイルを考えたり、絣の着物をステージ衣装に使うなど、独創的なアイデアの持ち主ではありますね。
 
また、頑固なところがありながらも柔軟な姿勢を示すことについて、うまく説明している。     
 
「感情移入しやすく、人一倍情け深い」とか「オペラ歌手を目指していたお父様」のことや仕事仲間で親友でもある「中尾ミエさん」のことを連想させる部分もあるのですが、一般的に知られていることなので、これを持って「当たっている」とは一概に言えません。
 
でも、もしこれが園まりさんのプロフィールやプライベートデータを使うことなく、本当に占いで出てきた結果だとしたら・・・
まりちゃんが未婚であること、お酒が飲めることまで言い当てているように見えるんですねぇ~
 
 
う~ん、自分の占いも、してみようかしらん(^^;
 
 
・・・おしまい
 

まりちゃんのアポロン傑作選

副題:ささやかな幸せ

やっと来ましたぁ~、待ちに待ったCD。
『園まり 宮川泰を歌う』『園まり 夜のムード』『旅情 園まり』の三枚です。
 
Photo
 
ここ暫く母親の介護で忙しく、PCを立ち上げる暇さえなかったのですが、久しぶりに園まりさんの公式ブログを見てびっくり。
アポロンの音源がCDになってる!
 
昔、「園まりデラックス(まりちゃんとデート)」を買い損なった苦い経験があるので、大急ぎで発注しました(9月12日時点で「在庫わずか」になっていたお店も)。
それで、今日届いたのがこのCD。
 
Photo_2       
まだゆうメールの箱から出したばかりで聴いてないのですが、時間があったらレポートします。
 
追記:ジャケットや中の写真は、見惚れるほど魅力的。
ライナーノーツ内やディスクに隠れている写真は、今のところ「ないしょ」(^^;
     Photo_3
 
稀に、こんな『生写真』が付いてくることもあるらしいです、それはあなたの運しだい。
 
Photo_4       
 
 
つづく・・・かも?
        

まりちゃんの発掘本

副題:園まりさん関連記事掲載書籍一覧
 
 
書籍名 巻次
出版年 年月を西暦で表示
記事の題名・掲載ページ
 
主に「国立国会図書館データ」から


ミュージック・ライフ 12(6)(130)
出版年 1962-06
園まり / / 43~43
 
週刊明星 5(31)(210)
出版年 1962-08
園まり・伊藤ゆかり・中尾ミエ / 漆沢れい一 / 9
 
ミュージック・ライフ 12(9)(133)
出版年 1962-09
連載対談 おしゃべりジョッキー / 鹿内タカシ ; 園マリ ; 麻生京子 / 98~101
 
小説倶楽部 15(14)
出版年 1962-11
すてきな十代 園まり 遠藤恵一 中川ゆき <お金は全部貯金するという十代のチャンピオンたち> / 小林正義 /
 
週刊平凡 4(50)
出版年 1962-11
おしゃべりジャーナル 足にきちゃう / 園まり ; 宮田輝 / 54
 
週刊明星 5(51)(230)
出版年 1962-12
中尾ミエ・伊東ゆかり・園まり / 林晋 / 128~
 
近代映画 19(2)(230)
出版年 1963-02
〔TV〕ハイハイ三人娘座談会 / 中尾ミエ ; 伊東ゆかり ; 園まり / 212
 
明星 12(4)
出版年 1963-03
おてんば3人娘座談会 若さとパンチで押しまくろう / 中尾ミエ ; 伊東ゆかり ; 園まり / 78
 
ミュージック・ライフ 13(3)(139)
出版年 1963-03
私の人物評《克美しげる・伊東ゆかり・園マリ》 / 井原高忠 / 36~37
 
芸能画報 13(3)
出版年 1963-03
活版ページ 「青春放談」――今年もスパークしよう! / 中尾ミエ ; 伊東ゆかり ; 園まり /
 
女学生の友 13(15)
出版年 1963-03
三人娘のスパーク放談/日本の男子はハイ!それまでよ / 中尾ミエ ; 伊東ゆかり ; 園まり / 216
 
明星 12(6)
出版年 1963-05
裕ちゃんとハイハイ3人娘の座談会 / 石原裕次郎 ; 中尾ミエ ; 伊藤ゆかり ; 園まり / 108
 
近代映画 19(9)([236])
出版年 1963-07
3Fと新三人娘大いにしゃべる! / 長沢純 ; 高倉一志 ; 手塚しげお ; 中尾ミエ ; 伊東ゆかり ; 園まり / 114
 
週刊明星 6(33)(264)
出版年 1963-08
中尾ミエ・伊東ゆかり・園まり / 崎山健一郎 /
 
週刊平凡 5(37)
出版年 1963-09
踊れなくては/園マリほか / 和泉繁 ; 阿部昭子 / 125~
 
週刊平凡 6(1)
出版年 1964-01
魅惑のカラーポート 橋幸夫・坂本九・田辺靖雄・舟木一夫・吉永小百合・五月みどり・弘田三重子・九重佑三子・梓みちよ・三沢あけみ・畠山みどり・園まり / /
 
週刊平凡 6(8)
出版年 1964-02
女の視線・10代のしっぽ/園まり / 渡辺明 / 21
 
明星 13(8)
出版年 1964-06
美しいきずなで結ばれた3カップル / 浜田光夫 ; 西尾三枝子 ; 深山ゆり ; 園まり ; 滝瑛子 ; 進千賀子 / 162
 
週刊平凡 6(42)
出版年 1964-10
私のふるさと 群馬県館林 園まり / 橋本敬之亮 / 21
 
近代映画 20(13)(257)
出版年 1964-11
舞台と歌に愛のかけはしを(対談) / 市川染五郎 ; 園まり / 126
 
平凡 21(2)
出版年 1965-02
20歳になったスターの生活設計座談会 結婚は早いほうがいい / 高橋英樹 ; 井沢八郎 ; 松原智恵子 ; 園まり ; コロムビア・ローズ / 82
 
週刊平凡 7(7)
出版年 1965-02
赤倉で初スキー 園まり / 千葉允 / 13
 
明星 14(4)
出版年 1965-04
成人スター座談会 お金も着物もいらないわ / 松原智恵子 ; 青山和子 ; 園まり ; コロムビア・ローズ ; 三沢あけみ / 132
 
週刊平凡 7(14)
出版年 1965-04
花嫁姿で/園まり / 橋本敬之亮 / 17
 
週刊平凡 7(17)
出版年 1965-04
園まりのファンは男性が多い / 阿部昭子 / 17
 
平凡 21(9)
出版年 1965-09
青春スター紅白シゴキ合戦 男は不マジメ!女はケチだ! / 浜田光夫 ; 久保浩 ; 山田太郎 ; 園まり ; 松島トモ子 ; 和泉雅子 ; 月の家円鏡 / 140
 
相互銀行 17(1)
出版年 1966-01
(新春随想)私と相互銀行 / 西佳子 ; 大西幸子 ; 園まり ; 姿美千子 ; 倍償千恵子 ; 山仲久子 ; 高田美和 ; 吉永小百合 / p10~14
 
明星 15(2)
出版年 1966-02
園まりさんとデートしようNo.3 / / 169
 
週刊明星 9(8)(395)
出版年 1966-02
園まりの女の悩み(突然のお色気が話題) / / 53
 
週刊平凡 8(13)
出版年 1966-03
特集 片想いに泣いた園まり / / 34
 
週刊明星 9(10)(397)
出版年 1966-03
《特集》ハートで歌う 園まり / 山田一男 /
勝呂誉・園まり / 山田一男 ; 松浦正典 /
 
明星 15(5)
出版年 1966-05
まんが履歴書 園まり / 浜田貫太郎 / 100
 
平凡 22(5)
出版年 1966-05
クローズアップ/園まり / / 102
 
オール大衆 19(9)
出版年 1966-05
人気スターのこんな商売――和泉雅子(喫茶)園まり(花屋)入江たか子(バー)ほか / p40~44
 
週刊平凡 8(21)
出版年 1966-05
新コンビ 園まり・渡哲也 / 阿部昭子 / 129~
 
週刊明星 9(20)(407)
出版年 1966-05
特集 スターを悩ます肉体の秘密――園まり 城卓矢 姿美千子 / / 48
 
平凡 22(6)
出版年 1966-06
ムード対談/まりちゃんに片思いされたいな / 渡哲也 ; 園まり / 68
 
週刊平凡 8(25)
出版年 1966-06
女性研究 園まりはなぜ男にモテる / / 56
 
週刊現代 8(24)
出版年 1966-06
ダメな歌手園まりのヘンな人気 / p27~27
 
月刊ホテル旅館 3(6)
出版年 1966-06
泊ってゴキゲンだったことトサカにきたこと / 園まり / p98~98
 
近代映画 22(11)(285)
出版年 1966-07
失恋は黄金というからネ《対談》 / 浜田光夫 ; 園まり / 74
 
週刊平凡 8(29)
出版年 1966-07
おしゃべりジャーナル 22歳のニキビの意味 / 園まり ; 宮田輝 / 60
 
週刊平凡 8(30)
出版年 1966-07
カラー 奥日光の園まり / 千葉允 / 5
 
週刊明星 9(28)(415)
出版年 1966-07
<特集>夏に競う! / 漆沢れい/緑魔子 /由美かおる /いしだあゆみ /恵とも子 /J・オング /倍賞美津子 /園まり /大信田礼子 /
 
週刊明星 9(30)(417)
出版年 1966-07
〈カラー・ポート〉内藤洋子/島一彦/園まり/渡哲也/浜美枝/山田太郎/J・オング/橋幸夫 / /
 
月刊食堂 : the food service management 6(7)(60)
出版年 1966-07
〈お手並拝見〉 歌手・園まり / / p168~169
 
近代映画 22(12)(286)
出版年 1966-08
園まり/暮らしのアルバム / / 135
 
週刊平凡 8(31)
出版年 1966-08
特集 水前寺清子・園まりの※※※※※※※ / / 54
 
婦人生活 20(8)
出版年 1966-08
美しい姉妹 / 園まり ; 樫山文枝 ; 姿美千子 ; 笹森礼子 / 19~24
 
週刊明星 9(34)
出版年 1966-08
園まり・深山ゆり姉妹 / /
 
週刊明星 9(36)
出版年 1966-08
芸能トピックス 園まりにお見合い話が殺到! / / 108
 
明星 15(10)
出版年 1966-09
カナヅチ同士でも夏はダーイ好き / 園まり ; 日野てる子 / 74
 
週刊平凡 8(38)
出版年 1966-09
園まり五つの顔 / 窪田延夫 / 8
 
週刊サンケイ 15(42)(802)
出版年 1966-10
話題インタビュー/園まり / / 108
 
明星 15(11)
出版年 1966-10
王座をねらう秘密作戦はこれだ!! 橋幸夫、舟木一夫、西郷輝彦、三田明、園まり、日野てる子、都はるみ、久保浩、佐々木新一、島和彦 / / 76
 
週刊平凡 8(41)
出版年 1966-10
クローズ・アップ 彼のCM写真に殺到した人気 園まりもシビレた中山仁という男 / / 94
 
週刊明星 9(45)(432)
出版年 1966-10
園まりの奇妙な肉体変異 / / 42
 
週刊明星 9(43)(430)
出版年 1966-10
園まり / 斉藤隆 /
 
週刊サンケイ 15(47)(807)
出版年 1966-11
スイートピーの花開く/茶の間のお姫さま園まり / / 119
 
明星 15(12)
出版年 1966-11
座談会 3人そろって“お嫁においで" / 加山雄三 ; 園まり ; 中尾ミエ ; 恵とも子 / 76
 
平凡 22(11)
出版年 1966-11
玉置宏のおしゃべり訪問 / 園まり / 200
 
週刊明星 9(48)(435)
出版年 1966-11
私の趣味 / 園まり ; 加賀まりこ /
 
明星 15(13)
出版年 1966-12
男ごころの夢をひらく 園まりの女らしさの秘密 / / 134
 
平凡 22(12)
出版年 1966-12
結婚?あと五年ガマンするわ / 園まり ; 都はるみ / 104
 
近代映画 22(17)(291)
出版年 1966-12
好きな男性は哀愁のある人 バトンタッチ対談 / 吉永小百合 ; 園まり / 102
 
週刊明星 9(51)(438)
出版年 1966-12
特報 園まり・渡哲也のコンビに突然異変! / / 42
 
週刊明星 9(52)(439)
出版年 1966-12
園まり・高橋英樹 / /
 
明星 16(1)
出版年 1967-01
無口なところ変わらないのネ / 渡哲也 ; 園まり / 91
園まりと夢のデート募集 / / 149
 
週刊現代 9(3)
出版年 1967-01
また男をしびれさす園まり / p7~10
 
平凡 23(2)
出版年 1967-02
告白自叙伝(No.6)園まり / 石原豪人 / 182
 
近代映画 23(2)(294)
出版年 1967-02
グラフ特集 先生こんにちは / 弾厚作 ; 加山雄三 ; 市川昭介 ; 都はるみ ; チャーリー石黒 ; 森進一 ; 宮川泰 ; 園まり ; 平尾昌晃 ; 布施明 / 91
 
週刊明星 10(8)(448)
出版年 1967-02
特別取材 おかあさんも胸を痛める 園まり姉妹の適齢期プライバシー / / 108
あおげば尊し… 恩師とまな弟子(勝新太郎、園まり、金井克子、光本幸子) / /
 
明星 16(4)
出版年 1967-03
園まりに魅力インタビュー / / 176
 
小説倶楽部 20(4)
出版年 1967-03
芸能特報 園まりにまいった柴田選手 / 高橋晋 / 168
 
平凡 23(3)
出版年 1967-03
対談ワイド特集/歌の四強ガッチリ四つ相撲! / 橋幸夫 ; 水前寺清子 ; 舟木一夫 ; 恵とも子 ; 西郷輝彦 ; 園まり ; 三田明 ; 和泉雅子 / 66~,68,70~ ,72~ ,74~
 
近代映画 23(3)(295)
出版年 1967-03
あなたにソッとお報せします / 吉永小百合 ; 舟木一夫 ; 三田明 ; 園まり ; 松原智恵子 ; 和泉雅子 / 75
哀愁歌手・園まり魅力グラフ / / 59
 
週刊明星 10(11)(451)
出版年 1967-03
園まり・大形久仁子 / /
 
近代映画 23(4)(296)
出版年 1967-04
こんどうちの喫茶店へ寄ってネ――対談 / 園まり ; 島和彦 / 116
 
週刊明星 10(15)(455)
出版年 1967-04
園まり / 寺島照夫 /
 
近代映画 23(5)(297)
出版年 1967-05
園まりと新人・大形久仁子の徴妙な関係 / / 138
 
週刊明星 10(21)(461)
出版年 1967-05
園まり / 長谷川巽 /
 
近代映画 23(7)(299)
出版年 1967-06
テレビ映画〝剣〟でセリフの特訓 月間日記 / 園まり / 151
 
週刊平凡 9(22)
出版年 1967-06
園まり大島の旅 / / 8
 
週刊平凡 9(25)
出版年 1967-06
特集 園まり23歳の私生活 / / 40
 
週刊明星 10(22)(462)
出版年 1967-06
トピック 吉永小百合と園まりが微妙な対決 / / 42
 
週刊平凡 9(30)
出版年 1967-07
園まりって双生児なの? / 辻道宣 / 19
 
近代映画 23(9)(301)
出版年 1967-08
年頃の男性になぜモテる?松原智恵子と園まりの魅力 / / 54
 
週刊平凡 9(32)
出版年 1967-08
園まりが真鶴半島で夏休み / / 10
 
週刊平凡 9(33)
出版年 1967-08
ひとりぽっち愛をうたう園まりの悩み / 西郷忠隆 / 147
 
オール讀物 = The all yomimono 22(8)
出版年 1967-08
絵入ずいひつ みどりの黒髪 / 園まり / p216~217
 
週刊明星 10(33)(473)
出版年 1967-08
旅情を楽しむ人気スター 三田明/西郷輝彦/山本リンダ/内藤洋子/竹脇無我/由美かおる/杉良太郎/園まり
 
週刊サンケイ 16(40)(855)
出版年 1967-09
スターなればこそ達者な内職ぶり――青島幸男、園まりから安藤昇までのカッチリ人生計算 / / 104
 
明星 16(13)
出版年 1967-10
お見合い座談会 ふんだり、けったり…おだてたり! / 堺正章 ; 園まり ; 伊東ゆかり ; 黛ジュン ; 山本リンダ / 92
 
平凡 23(10)
出版年 1967-10
噂のボーイ・フレンドを追跡する / 吉永小百合 ; 園まり ; 伊東ゆかり / 112
 
週刊平凡 9(40)
出版年 1967-10
わたしの秋/園まり / 阿部昭子 / 21
 
週刊平凡 9(41)
出版年 1967-10
土曜の夜に逢いましょう/園まり / / 129~
 
スクリーン 22(12)(274)
出版年 1967-10
私の好きな映画はメロドラマそのほか / 園まり / 160
 
明星 16(14)
出版年 1967-11
舟木さん、女の人を泣かせないでョ!! / 舟木一夫 ; 園まり / 165
 
週刊平凡 9(44)
出版年 1967-11
園まり※※を計画した少年 / / 30
女を演じる〝まり〟/園まり / 阿部昭子 / 121
 
週刊平凡 9(45)
出版年 1967-11
ブラウン管 週に一度泣かされる園まり / / 131
 
明星 16(15)
出版年 1967-12
そのわりに男の子にゆかりがないネ! / 園まり ; 伊東ゆかり / 79
スターの告白手記「片思い」北風にきえたひとりぽっちの愛 / 園まり ; 堺正章 ; ジュディ・オング ; 栗塚旭 / 101
 
平凡 24(1)
出版年 1968-01
緊急調査/この三人の噂はホント? / 松原智恵子 ; 園まり ; 渡哲也 / 204
 
明星 17(3)
出版年 1968-02
サル年スターの年賀状 / 谷啓 ; 梓みちよ ; 広瀬みさ ; 舟木一夫 ; 井沢八郎 ; 緑魔子 ; 高橋英樹 ; 園まり / 90
 
週刊平凡 10(7)
出版年 1968-02
スター裁判 被告=三遊亭円楽 / 野末陳平 ; 園まり / 44
 
週刊平凡 10(8)
出版年 1968-02
独占特報 芸能人とは結婚しません 四月、二十四歳の誕生日をまえに 園まりがお見合いを決意! / / 26
 
週刊平凡 10(15)
出版年 1968-04
園まりに30のショックな質問 / / 126
 
週刊明星 11(14)(507)
出版年 1968-04
もっと厳粛にやれ~! 結婚式シーン2題 山内賢+本関千代子/東京ぼん太+園まり
 
週刊平凡 10(20)
出版年 1968-05
特別取材 津川雅彦-司葉子 平尾昌晃-園まり 水前寺清子-手塚しげを 中国占星術でズバリ占うこのカップルは結婚するか? / / 38
 
週刊平凡 10(22)
出版年 1968-05
園まり、奥日光でひそかにデート / 辻道宣 / 29
 
週刊明星 11(21)(514)
出版年 1968-05
ヒット祈願!新曲に駆けるスターたち 三田明、園まり、城卓也、小川知子ほか
 
週刊明星 11(19)(512)
出版年 1968-05
新企画・特集 そこが知りたい-スターへの道・第1回 橋幸夫/高橋英樹/都はるみ/獅子てんや/瀬戸わんや/大空真弓/バーブ佐竹/金井克子/黒沢明とロス/プリモス/園まり/坂本九 / / 73
 
週刊明星 11(29)(522)
出版年 1968-07
チャーム・コーナー 園まり
 
週刊明星 11(27)(520)
出版年 1968-07
デラックス・ジャケット 加山雄三、舟木一夫、萩原健一、松原智恵子、山田太郎、園まり
 
週刊平凡 10(38)
出版年 1968-09
失神!園まり / 杉原弘一 / 17
 
週刊平凡 10(42)
出版年 1968-10
本誌独占 肺結核で倒れた彼を支える彼女の献身的な愛 園まりと平尾昌晃が病気全快を待って結婚! / / 30
 
週刊明星 11(43)(536)
出版年 1968-10
園まり・平尾昌晃は本当に結婚するのか / / 34
 
週刊明星 11(47)(541)
出版年 1968-11
スター・アルバム 沢田研二/黛ジュン 布施明/園まり 他
 
日本カメラ (267)
出版年 1968-12
作品 美女ありき(12)園まり / 大竹省二 / p57~56
 
週刊平凡 11(8)
出版年 1969-02
園まりが深夜のキッス・サービス / 阿部昭子 / 152
 
明星 18(3)
出版年 1969-03
座談会 恋人がいるなんてニクイね / 伊東ゆかり ; 小川知子 ; 九重佑三子 ; 園まり ; 吉永小百合 ; 前田武彦 / 190
 
週刊文春 11(9)(511)
出版年 1969-03
グラビア--リュージュ選手権--銀座族アメリカへ--美女園まり--訪問飛行石原慎太郎--マップ北の峰--この人を紀比呂子
 
週刊現代 11(16)
出版年 1969-04
珍らしや園まりのビキニ
 
週刊平凡 11(17)
出版年 1969-05
療養中の平尾昌晃を支える園まりの愛 / 折元昭道 / 157~
 
週刊明星 12(25)(570)
出版年 1969-06
園まりがお店を売って花嫁準備 / / 30
 
週刊平凡 11(27)
出版年 1969-07
「全快したら結婚」といわれた園まりとの仲だったのに 平尾昌晃の恋は終わった!? / / 40
 
週刊平凡 11(28)
出版年 1969-07
恋よサヨナラ・・・・――歌ひとすじの園まり
 
週刊明星 12(27)(572)
出版年 1969-07
死霊にとりつかれた園まり、野川由美子 / / 46
 
週刊平凡 11(32)
出版年 1969-08
園まりがこんなにやせたのはなぜ? / / 149
 
週刊明星 12(52)(597)
出版年 1969-12
園まりが婚約指輪を平尾昌晃に返した!!
 
週刊明星 12(50)(595)
出版年 1969-12
園まりがプッツリ髪を切った! / / 44
 
週刊明星 13(16)(613)
出版年 1970-04
園まり/猪俣公章氏 / 長谷川巽 /
 
週刊明星 13(13)(610)
出版年 1970-04
園まりが猪俣公章氏と堂々深夜の仲 / / 40
 
週刊明星 13(17)(614)
出版年 1970-05
園まり・目黒裕樹 / /
 
主婦と生活 25(9)
出版年 1970-07
私が用意したすてきなドレス 園まり・弘田三枝子・西田佐知子・中尾ミエ / / 142~
 
週刊平凡 12(39)
出版年 1970-09
園まりとの結婚に破れてはや1年 平尾昌晃が14歳下の女性とお見合い! / / 38
 
週刊平凡 12(51)
出版年 1970-12
共演する園まりと猪俣公章 / 斉藤正義 /
 
週刊明星 13(50)(647)
出版年 1970-12
園まり 結婚問題大詰めへ
 
週刊平凡 12(52)
出版年 1970-12
婚約寸前のふたりが、深夜4時間にわたる最後の別れ話 園まりと猪俣公章氏が突然破局へ / / 28
 
週刊平凡 13(19)
出版年 1971-05
園まりのビキニと芸者姿 / 中丸厳 /
 
明星 20(6)
出版年 1971-06
結婚問題インタビュー / 吉永小百合 ; 松原智恵子 ; 園まり / 120
 
週刊明星 14(28)(676)
出版年 1971-07
園まり / 渡辺茂利 /
 
週刊平凡 13(36)
出版年 1971-09
平尾昌晃、猪俣公章氏との悲恋に泣いた彼女 園まりが年下の御曹子と親密な交際! / / 35
 
週刊現代 13(49)
出版年 1971-10
園まりが恋して愛して泣いた夜--つくしにつくして別れた人と傷心を癒やしてくれた人―有名作曲家二人との愛 / p148~152
 
週刊明星 14(41)(689)
出版年 1971-10
平尾昌晃と園まりが異常接近! / / 56
 
週刊明星 15(3)(705)
出版年 1972-01
園まりのハワイ公演が中途で突如打切り / / 48
 
週刊明星 15(21)(723)
出版年 1972-05
園まり / /
 
週刊明星 15(26)(728)
出版年 1972-07
平尾昌晃(34)が女子大生(18)と結婚!!園まりが「幸せな方ね」と暁子さんを祝福 / / 35
 
婦人生活 26(9)
出版年 1972-08
私のクールなヘアスタイル / 園まり ; 柏木由紀子 ; 梓英子 ; 由紀さおり / 103~
 
平凡 28(10)
出版年 1972-09
旅情 / 園まり / 159
 
サンデー毎日 52(18)(2853)
出版年 1973-04
芝居に転進の園まり / p44~50
 
週刊平凡 16(46)
出版年 1974-11
園まりの新曲が往年の名曲にそっくり / / 140
 
週刊明星 19(34)(937)
出版年 1976-08
園まり32才の急変身 / / 47
 
週刊現代 18(40)
出版年 1976-09
放駒"金星"対談 園まり / 渡辺利弥 / p134~138
 
週刊明星 22(23)(1076)
出版年 1979-06
園まり / 今津勝幸 /
 
週刊読売 = The Yomiuri weekly 40(19)(1698)
出版年 1981-05
民話劇で主役の園まり手話の特訓 / / 31
 
週刊ポスト 13(44)(625)
出版年 1981-11
園まり(カネやん対談第126回ゲスト)"ウフフ、わたしも金田教の信者にして下さい" / / 78~82
 
文芸春秋 67(14)
出版年 1989-12
ステージの華--越路吹雪・雪村いづみ・市丸・ペギー葉山・こまどり姉妹・江利チエミ・ロミ山田・沢村みつ子・山本リンダ・ザ・ピーナッツ・佐良直美・九重佑三・中村晃子・都はるみ・森山加代子・奥村チヨ・いしだあゆみ・西田佐知子・伊東ゆかり・梓みちよ・中尾ミエ・園まり・弘田三枝子・日野てる子・前田美波里・黛ジュン・由紀さおり・辺見マリ・三沢あけみ・由美かおる・水前寺清子・ジュディ・オング・浜村美智子・青江三奈・奈美悦子・平尾昌晃・布施明・守屋浩・アイ・ジョージ・西郷輝彦・森進一・ミッキー・カーチス・橋幸夫 / / 145~153
 
華の昭和名歌150選
出版年 2008
第91 「夢は夜ひらく」園まり・緑川アコなど/リメーク:藤圭子/ /119
 
きょうの健康 268号 (2010年7月号)
出版年 2010-06-21
病に学んだこと 園まりさん / 園まり/ /44
 
婦人画報 1299号 (2011年10月号)通巻1299号
出版年 2011-09-01
安井かずみがいた時代<第12回>「片想い」証言者 伊東ゆかり 中尾ミエ 園まり/島崎今日子/文 / /138
 
月刊がんサポート 10(1)
出版年 2011-12-16
鎌田實の「がんばらない&あきらめない」対談 がん体験、父の死を機に歌で一緒に人生を語り合えるようになりました  園まり<歌手> / / 4
 
安井かずみがいた時代
出版年 2013-2 2015
部分タイトル 片想い-伊藤ゆかり 中尾ミエ 園まり
 
週刊新潮 58(27)
出版年 2013-7-18
マイオンリー 園まり / / 37
 
文芸春秋2014年7月臨時増刊『日本の美しい女(ひと)』92(8)
出版年 2014-7-1 
園まり 父と病気が教えてくれた「歌う意味」 / / 134~135
 
永遠の東宝映画俳優
出版年 2014-8
部分タイトル 園まりインタビュー / 園まり 述 / / 93~98
 
 
※不適切ワードにつき非表示
 
現在作成中、この一覧表は「園まりさん関連記事掲載書籍」の一部です。
少しずつ追加する予定ですので、永久に完成することはありません(^^;
 
 

まりちゃんのプロマイド

※このページに掲げた画像は、数十年前の古い雑誌等からですが、同じ写真がプロマイドとして、現在も販売されているかもしれないので、しっかりと文字が入れてあります。

園まりさんの全盛期、その人気は大変なものでした。
レコード・ヒットチャートについては、以前「ビルボード・ヒット・オブ・ザ・ワールド」で触れたのですが、今回は「まりちゃんのプロマイド」がどのくらい人気があったのか、参考になりそうな資料を紹介します。

まずは、写真を紹介。
                               
01
雑誌〈GAL'S ザ・プロマイド〉
1982年12月25日発行

02

110ページに園まりさんが載っています

右上の着物姿、「なんとなくクラブの美人ママという雰囲気」って書いてあるんですが、これを見て妙なことを想い出した。
赤坂にあった園まりさんのお店、当初は花屋さんと喫茶店だったのですが、その後「スナックを開店した」という噂、聞いたことありませんか?

「tea room MARI」を訪れたら、その階下に「スナック・まり」があった。
「なんだろう?」と中に入るなり「いらっしゃいませ」と着物姿の園まりさんが振り返った・・・うわ! ドキ・ドキ・ドキ
あはは、妄想ですよ、妄想。
「スナック・まり」は本当にあったのかって?
さあ~、どうでしょうか ^^;



03
こちらは、古いプロマイド...若い!

昭和37年の写真です。
全盛期のような、しっとりとした雰囲気はないのですが、すごく明るいキャラで好いですね、見ていると楽しくなる。

 

04_110

110ページから切り出した写真

05

昭和39年5月のパンフ〈園まりと共に〉

上の二枚の写真、個人的には同じ日に撮ったものだと想いますね。
衣装とへアスタイルが、昭和39年1月のシングルレコード「♪夢の散歩道」のジャケ写真と同じなので、そのころかな?

06

夢の散歩道/ヴィーナスのたて琴

                                        


さて、お遊びはこのくらいにして、本題に入りましょう。
WIKIには「1966年~1967年マルベル堂のブロマイド売り上げ女性歌手第1位」と書いてあるので、この事実は一般的に良く知られていることだろうと想います。
しかし、どのような状況の中で「ブロマイド売り上げ第1位」だったのかは、あまり知られていない。

                                       
1964_2
昭和39年2月

3人娘の一人として、またカバーポップスのヒットで歌手としての知名度は高かったはずですが、むしろビジュアル系アイドルとして、人気があったんじゃないかな。
この時期オリジナル歌謡では、先ほどの「♪夢の散歩道」がスマッシュヒットしていたのではないかしらん?
カバーポップスで声を張り上げていたのが、少し、しっとりとした味が出てきた頃です。
この歌をリリースしたときは二十歳直前で、唄い方もちょうど少女から大人に変化するときだったんですね、きっと。
私は当時、曲を聞いたことはなかったのですが、今聴くとなぜか懐かしい。
なんとなく「園まり節」の原点を感じるのです。





1964_12

昭和39年12月

男性歌手部門が安定しているのに比べ、女性歌手は入れ替わりが激しい。
その中にあって、園まりさんは安定した人気があったみたい。
「♪なにも云わないで」が大ヒットして、ランキング上位に躍り出ます。
意外だったのは、レコードデビューして間もない、いしだあゆみさんが、トップ3に入っていることです、人気があったんですね。

 

1966_1967

昭和41年・42年

男性歌手部門では「舟木一夫」「西郷輝彦」「三田明」の三人が他を寄せつけない人気がありました。
女性歌手部門は園まりさんの独壇場で、他は相変わらず入れ替わりが激しかったようです。
ちなみに、当時の雑誌を見ると、園まりさんと舟木・西郷・三田さん、それぞれのツーショット写真があります、まりちゃん、一人で忙しかったんですね~

 

19685

昭和43年5月

私この頃、昭和43~44年にかけて、同じ夢を何度か見たことがあります。
園まりさん見たさに、テレビ局に見学に行った。
楽屋とスタジオ間の廊下で待ち伏せしていると、奥の方でざわめきが聞こえる。
「園まりさん登場か?」と期待して待っていると、歩いてきたのは黛ジュンさんでガッカリ。
この夢をくり返し見たんです。
そのうち、夢の中でも予想がつくようになった。
「あ~また黛ジュンだろうなぁ」って(笑)

ランキング表を見る限り、黛ジュンさんは昭和43・44年、とても人気があったようで、テレビをつけると、見たくなくても(失礼)いつも出てた^^;
園まりさん、人気・実力ともに充実していたのですが、プロマイドの世界では世代交代を感じますね。

あれから45年、当時のプロマイドや雑誌の切抜きをいまだに持っている人は、何百万人もいるんでしょう、きっと。

忘れもしない昭和46年の夏休み、親戚の家に行ったら、年上の従兄弟が古雑誌を後生大事に溜め込んでいた。
見せてもらいましたよ、そこにはデビュー当時から全盛期までの園まりさん、いつも楽しいザ・ピーナッツ、若い頃の江利チエミさんやブレイク前のいしだあゆみさん。
それは、宝石箱をひっくり返したように、華やかだった。
いるんですよね、こういった青春の1ページを大切にとっておく人。

あなた、今でも持っていませんか?
昔、こっそり机の引き出しにしまいこんだ、園まりさんの写真。
 
 
 
 
 

2015年11月6日追記

この表は「ビルボード・ヒット・オブ・ザ・ワールド」に入れようか、それともこちらにしようか迷ったんですが、日本の資料なのでこちらにしました。

 
10   Img_2
こちらの本から
   
 
写真の表は、昭和41年の年間ヒットランキングで、レコードの売り上げとリクエスト数から割り出されたもの。
リクエストは「有線放送」「ジュークボックスリクエスト」「はがき投票」等をまとめたものです。
この年、新譜として発売された曲が1200曲余り、その内「今週のトップ1」になれたのはこの表にある10曲ほどしかない。

この熾烈な競争の中で、二ヶ月以上「トップ1」の人気を維持したのは「♪夢は夜ひらく」と「君といつまでも」の2曲だけ。
しかも、10曲の内、加山雄三さんと園まりさんは複数の曲をランク入りさせて、他を圧倒する人気があったんですね。
 
しかし、男性歌手部門で見ると、加山さんの人気は『圧倒的』とはいうものの、他の歌手と人気を分かち合っているのが判る。
ところが、女性歌手部門で見ると、園まりさんの独壇場で、プロマイドの人気ランキングと同じ現象が起きているのです。
 
昭和41年42年ごろ、私は小学生高学年で、普通なら芸能人に関心を持つ年齢じゃなかった。
でも園まりさんのことは鮮明に覚えているし、大好きでした。

テレビ、ラジオ、雑誌等で接する機会が特別に多かったからだと想うのですが、それは偶然じゃなくて必然だったんですね~

そして何よりも、まりちゃんの「唄声」「顔立ち」「雰囲気」、ことに「宮川メロディ」は私の琴線に触れて理想の大人に想えた。
「なんて明るくて優しそうな人なんだろう・・・」
 
中学生になって、思春期を迎えたとき、理想の大人像が理想の女性像になったのも偶然じゃなくて必然だったと想うのです。
 
今でも園まりさんは理想の人物像ですが、それは、まりちゃんの人生に何があったか、現在(いま)どれほどいきいきとしてがんばっているか、伝え聞いてそう思うのであって、決して単なる想い込みではありません。

・・・おしまい

園まりさん出演映画『道しるべ』のスポンサーになれる!

Photo

この映画は、園まりさん、浜畑賢吉さんが老カップルを演じ、テーマ曲やエンディングとして「♪悲しき雨音」がバックに流れるといった構成になりそう。
想像しただけでも、とてもロマンチックですよね。
 
 
その『道しるべ』の監督、田中じゅうこうさんがスポンサーを募集されています。
特典は以下のとおり。


¥3,000 鑑賞券とポストカード
 
¥10,000 特別映画鑑賞券ペアチケット
 
¥30,000 完成試写会とレセプション出席の招待券 記念撮影などにも参加可
 
¥100,000 園まり、浜畑賢吉、仁科貴、渡辺真起子、金谷ヒデユキさんたちのそれぞれのサイン入り台本
 
¥500,000 映画タイトルに制作者として名前がクレジットされます


何れもお小遣いを、ほんの少し投資するだけで、大きな満足感が得られます。
 
誰もがスポンサーになれるチャンス、『「道しるべ」支援プロジェクト』はこちらから
 
このプロジェクトは終了いたしました。
映画公開予定は2015年5月です
                    6月になりました
 
 
 
 
 

本日(9月25日)のレア画像

○歌の手帖 p85
 
2011_11
歌の手帖2011年11月号
(発売日は9月25日)
 
歌の手帖をパラパラと見ていたら、偶然見つけた写真。
市販されている雑誌の記事を、そのまま載せるのは「まずい」と思い、控えていたのですが、いつの間にか販売終了になってました(現在はバックナンバーも手に入りません)。

3年前の今日発売されたこの本を所有している園まりファンは多いと想うのです。
それは園まりさんのオフィシャルサイトで紹介されたことがあるからなんですね。
「インタビュー記事掲載、2011年9月25日 (日)発売」と書かれていました。
だから当時は、我先にと皆競いあうように、求めたものです。
このブログでも、話のネタに使わせていただいたことがあって、たとえば「まりちゃんが見た夢のお話」はその記事が基になっています。


で、そのインタビュー記事は35ページに載っているんですが、上の写真は、それとは全く関係なく、85ページの片隅にひっそりと載っていました。
この雑誌をお持ちの方は開けてみてください、同じものがあったでしょ、でも今まで気がつかなかったと想うんです。
それもそのはず、だって目次に載ってないんだもん。

私、この衣装と表情がとても気に入ってしまい、このところ毎日写真を眺めながら、園まりさんが唄う「♪アヴェ・マリア」を想像してます...うわ!たまらん(^^ゞ
まりちゃんの「♪アヴェ・マリア」、聴いてみたいなぁ。

参考までに。
 
 
○芸術的 『表紙モデル』
 
Photo
                                                       
想わず「かっこいい~」って、ため息が出そうな写真。
きらめく夏の日差し、少し眩しそうに空を見上げる表情、シンクロナイズド・スイミングを連想させるポーズ。
なんて、爽やかなんでしょうか。

これは、昭和49年9月25日、ちょうど40年前の今日、発売された雑誌です。
何度か再販されたらしいので、雑誌としては珍しいものではありませんが、『園まり』で検索しても、現時点ではネット上に出てこないようです。
一目で、誰なのか、わかるのにね。

ただ、昭和49年(寅年です)といえば29~30歳だったはず。
その頃の写真を見ると、絶世の美女だけど、かなり大人びた雰囲気、でもこの写真はもっと若くて、初々しく見える。
どのような経緯で撮影されたものなのでしょうか、その手がかりはあるのです。
 
42
昭和42年8月 平凡パンチ (23歳の時)
ひろいものを無断転載なので、縮小してあります
 
 
「手がかり」というより、そのものですね(^^;
日本カメラの表紙と、同じとき同じ場所で撮影されたものだと想います。
たぶん、ほんの数秒の差でしょう。

平凡パンチに掲載するために撮影され、採用されなかったカットのうち、特に芸術的なものを、写真雑誌の表紙に流用したものと想われます。
プロ・アマを問わず写真家は、「芸術性」を大切にする人が多いようですが、彼らの要求を満たして、余りある美しさ。 

ところで私、ビーチやプールサイドで撮影された、園まりさんの画像と写真を数枚持っているのですが、その中には泳いでいる写真が一枚もありません。
アスリートのような引き締まった体型をしているので、泳ぐ姿もさぞかしカッコイイと想うんです。

でも、残念なことに、カナヅチだそうで、写真の隅っこに「泳げない」と書いてあるものがありました、意外でしょ。
小学四年のとき、臨海学校で溺れかけ、それがトラウマになって、泳ぎが苦手になったんですって、エピソードにはこと欠かないお方ですねぇ(笑)
 
 
・・・おしまい
 

「カワイイおばあちゃん」がいいな

6月に書いた「左の横顔」の続きです。

Photo

2014年6月『徹子の部屋』

今年(2014年)6月に、園まりさん『徹子の部屋』で映画出演のお話をされてました。
なんと、72歳の老婦人役なんだって!


黒柳徹子:(あなた)もうちょっと老けてくださいって言われるわよ絶対。

園まり :あの、素顔でやるんですよ

黒柳徹子:あっそう?でも素顔でやってもやっぱり(72歳には)見えないと思う。


こんなお話してました。

映画『道しるべ』のことなんでしょうが、確かにノーメイクでやっても70代には見えないでしょうねぇ。
72歳って、どんな感じになるのでしょうか?

昔々、老婆を演じたときの写真です

Young69_1

1969年 YOUNGヤングから

昭和44年1月の新春かくし芸大会、楽屋裏にて。
実際には43年に撮影されたのですが、当時24歳のお姿です。
バッチリ老けメイクをしていますが、これを「変装だ!」と思うか「すばらしい役作り」と思うかはあなたの自由。

私の素直な感想は「ずいぶん、かわいい、おばあちゃんだなあ」と思いました。

 

素顔だったら、どんな感じ?

Oh196923

1969年 パンチOh!から

同じく、24歳のお写真です。
おばあちゃん役のほうは、しっかりメイクですが、こちらは、スッピン。
同じ頃の写真を並べてみると、新春かくし芸大会では、見事に化けたものだと思いますねぇ。
逆に、素顔のほうは、童顔のせいか、普段より若く感じます、22歳くらいに見えるのかな?

この優しそうな表情の内側に、繊細な心と、豊かな感性が隠されていると想うと・・・
この頃私は思春期真っ只中で、園まりさんのとりこになってました。
だから、今見てもこの写真、すごいドキドキするんです。
運動オンチで成績もパッとしない、モテナイ中学生だったけど、我ながら女性を見る目だけは確かだったんだなぁ。

話を戻して、72歳の老婦人なんですが、映画『道しるべ』の撮影風景がありました。

Photo_2

『道しるべ』撮影風景

ゲジゲジ眉毛にするなど、老けメイクはしていますが、そんなに不自然じゃありません。
はたして、どんな演技を見せてくれるのでしょうか?
個人的には、「カワイイおばあちゃん」を期待したいですね。

Photo_3

森民夫のほっと一息

そしてこちらが、時期的に一番近い、普段の姿。

園まりさんは、「大物」ですが、同時に「現役アイドル」でもあります。
そして「現役アイドル」の雰囲気が、良い意味で「大御所」や「大物」であることを忘れさせてくれる。
だからこそ、「庶民的で、カワイイおばあちゃん」を期待したくなるのです。

ところで、写真を並べてみると、『道しるべ』では、見事に化けたものだと・・・あ、失礼(^┰^ゞ、見事な役作りをしていると想いますねぇ。

 
2014年9月19日 リンクを追加
映画「道しるべ」公式

園まりさんが出演されると、映画全体が華やかになりそうな気がしますね。
拡大画像はこちらのリンクから
 

・・・おしまい

 

より以前の記事一覧