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2013年9月

山路ゆり

副題:続、『ゆり子さんって・・・だれ?!』

8月下旬に『ゆり子さんって・・・だれ?!』で、深山ゆりさん(園まりさんのお姉さん)らしき人が、『映画 ハイハイ3人娘』に出演していることは書きましたね。
でも、クレジットに名前が見当たらないことが、ずっと気になっていたんです。
それで、ちょっとだけ調べてみました。

ハイハイ3人娘のあらすじ


あらすじから抜粋

学園祭が終って、内村の送別会が開かれた。飯田先生、折口、浦、今日子、千恵子、悠子、雅義などが集って賑やかに喫茶店で開かれた。その時、飯田先生は電話器の側にあるメモ帳から今日子の家の電話番号が記してあるメモ帳を発見した。慌てたウエイトレスのマリ子をかばって立ったのは折口だった。


上のあらすじはもともと【キネマ旬報データベース】からのようです。
ところが実際にDVDを観ると、「ウエイトレスのマリ子」なる人物は、出てこない、それに該当するのが、「ウエイトレスのユリ子」なんですね


シナリオからあらすじが書きおこされた後、映画になる段階で変更されたか、そうでなければ「ユリ子」と書いてあったものが「マリ子」と誤植されたのではないかと想われるのです。
そして、資料では「マリ子」を演じたとされるのが、『山路ゆり』ということになっています。

Photo

結局、深山ゆりさんによく似た『山路ゆり』という女優さんだったのでしょうか?
しかし、釈然としないので、山路ゆりさんの事を調べてみたんです。
その内容は次のとおりでした。

Photo_2

山路ゆりさん

山路ゆり、活動履歴

テレビドラマ 1962年

映画 1962~1963年

昭和37年~38年の2年間、映画・テレビドラマと活動され、その後芸能界から忽然と姿を消しています。

 

ここで、深山ゆりさんの活動暦も見てください。

深山ゆり、活動履歴

Photo_4

舞台「焔のカーブ」(ヒロイン役) 1965年

クレージー・キャッツ結成十周年記念公演 (賛助出演) 1965年

映画「逢いたくて逢いたくて」(宮原 役) 1966年

テレビドラマ 1966~1969年

深山ゆりさんは昭和40年~44年の短い間でしたが、舞台・映画・テレビドラマにと活躍されたようです。
テレビドラマは私も見たのがあって、「あのときの女優さんがそうだったのかな?」って思いあたるところもあるんです。
ただ、園まりさんのお話や、雑誌の記事などから総合的に判断すると、姉妹そろって同じ頃(昭和37年)に芸能界デビューしているはずなんですが、昭和39年以前の活動暦が全く出てこないのはおかしい・・・?

これは私の推測でしかないのですが、お姉さんは当初『山路ゆり』で芸能界デビューしたのではないか?
その後一年ほどの短いブランクがあり昭和40年になってから『深山ゆり』として再デビューされたのではないか?
何の根拠もありません、しかし年齢・ポジション・容姿とも、あまりにもよく似ている『山路ゆり』と『深山ゆり』。
私の思い込みかもしれないけれど、無理なくつじつまが合ってしまう。
あなた、どう想いますか?

42_318

園まりさんと深山ゆりさん

ところで上の画像は拾いモノなんですが『クレージー・黄金作戦 海外ロケ』に、出発前の園まりさんと、ちょっぴり心配そうなお姉さん。
我が妹を「誇らしい」と感じているようにも見えますね。


2月28日、外国ロケで初の海外旅行に出発した園まり。
「忙しくってギリギリまで旅行準備がはかどらず困っちゃった。経験のある姉におんぶして本当にやっと間に合ったの」
姉のユリさんは飛行機が飛び立つまで忘れ物の心配をしていた。


なんてことが書いてあるようです。
深山ゆりさんのまなざし、「妹が可愛くて仕方ない」といった表情がなんとも云えません。
私自身はムサクルシイ男の兄弟だけなんですが、こんなやさしくて美人のお姉さん、ほしかったなぁ。

 
追記:2014年11月9日
『山路ゆり』は、やっぱり深山ゆりさんだった!!
深山ゆりさんと『山路ゆり』の関係が『日本映画名作完全ガイド』の27ページに掲載されているのを発見!
「後に深山ゆりとなる山路ゆりは、園まりの実姉である。」と、たったこれだけなのですが、『山路ゆり』は、やっぱり深山ゆりさんだった。
 
日本映画名作完全ガイド

・・・おしまい

やまとなでしこ

プレジデント社発行の雑誌『素晴らしい一日/10月号』に園まりさんのインタビュー記事が載っていました。
『病気体験が教えてくれた 私の一病息災物語』の連載記事です。

ページを開いたら、いきなり、すがすがしい笑顔。
ツートンのファッションとモノクロ写真が、それをいっそう引き立てている。
その表情が好くて、しばらく見とれていましたが、内容もしっかりと読みましたよ。

・・・そっかぁ~、あれから5年半経ったんだ、今年の1月で乳がんの治療も終わったんですね、よかった よかった。

この本、現在発売中なので、今は詳しく書くことは出来ないのですが、以前、他の雑誌でも、似たような記事が出ていたので、そちらを紹介します。
その後で『素晴らしい一日』を読めば、より深い感銘が、得られるかもね。

3年ほど前に発行された雑誌なんですが、こちらはすでに販売終了になっているので、すこしくらい書いても、大目にみてもらえるでしょうか(^^;
なお、内容的にはほぼこのとおりなのですが、文章自体は私がブログ用に書きなおしたものです。


Photo

「まりちゃんのまなざし」
写真でも、ちょっとドキドキするでしょ^^

園まりさんに乳がんが見つかったのは、2007年秋のこと。
そして年明け1月に手術。

きっかけは、更年期障害の治療でした。
顔のほてりや動機などに苦しみ、ホルモン補充療法を受けることになったのですが、それは婦人科のがんリスクを高めることにもなるんだそうです。
それで、主治医に勧められ「いやいや」検診を受けた。
「もし、がんが見つかったらどうしよう」って怖かったんですね。
がん家系で、家族が皆患った経験があるから、「次は自分かもしれない」って思ったそうです。

「悪い予感」は当ってしまい、右胸に腫瘍が見つかりました。
「乳がんの疑いがある」医師の言葉に大きなショックを受け、震えがとまらなくなった。
「私は、どうなってしまうの?」
2週間後に「3人娘クリスマスディナーショー」があったのですが、そのショックを抱えたままステージに上がるのは、精神的にもつらくて、本番前にあげてしまったほどだったと言います。

ゆかりさんとミエさんには打ち明けていたので、二人の支えもあり、「ディナーショー」を乗り切ることは出来たのですが、ステージが終わった翌日、診断は確定的なものになりました。
紛れもなく「乳がん」、右胸の腫瘍は1.5cmほど。
幸い転移などなく、温存手術も可能とのことでしたが、恐怖と不安で、普段正常な血圧も180mHGを超えてしまったそうなんです。
怖くて、怖くて、どうしようもなかったんですね。

ところが園まりさん、手術直前になって、悟りを開いた。
テレビのインフォマーシャルで、「健やか 元気人」を見た方はご存知と想いますが、「入院中の園さん」と題してピースサインを出している画像があったでしょう。
あれがどうも、手術前日の写真みたいなんです。
「もう逃げられない、がんと向き合うしかない」、そう思ったとき、恐怖を克服したんですね。

翌日、手術が終わり、麻酔から覚めたときは、感謝の気持ちでいっぱいだった。
お世話になった人の顔が次々に浮かび、「私は皆に支えられているんだ」と感じたようなんです。
麻酔科の先生が「『♪逢いたくて逢いたくて』を生で聴きたい」と言ってたのを想い出して、無性に歌いたくなったんだって。
手術台の上で唄っていたら、またひとつ伝説が増えていたでしょうね^^

手術は無事成功しましたが、再発や転移を防ぐため、放射線やホルモン等の治療を受けなくてはなりません。
ホルモン療法を受けると全身むくみが出たり、骨密度が低下します。
副作用を岩盤浴や日光を浴びながらのウォーキングで克服、健康食品やサプリメントも主治医と相談、勉強しながら積極的に取り入れたようです。

さて、手術から40日後、初めてのステージ。
園まりさんは不安でしたが、実際に唄うと、会場に響き渡るような声が出ました。
皆に支えられていると感じた感謝の気持ち、「また歌える」という喜びと感動がのどを開かせたのでしょうか、唄い終わると涙が止まらなかったそうです。

Photo_2

誌面には書いてないのですが、現在(いま)の園まりさんは「歌で尽くしてゆきたい」気持ちと「一期一会」という言葉を大切にしているんですね。
それは、今まで支えてくれた周りの人たちとファンに、歌で恩返しをしたい。
今日、このステージを見に来てくれた人たちと、この次どこで逢えるか分からない。
だから今、このステージで精一杯の歌を聴いて欲しい。
いつもそんな気持ちで唄っているようなのです。

命にかかわる病を経験したからこそ。


大病を患い不安に苛まれても、最愛の肉親を亡くし、悲しみの淵に沈んでも、そのたびに一回り大きくなって立ち直る。
美しい姿とやさしい心の中に秘めた「本物の強さ」は普段見えにくいけれど、これこそ「理想の女性像」だと思う。

「強い」といっても、「鉄の女」じゃないところがいいのです。
繊細で傷つきやすい、柔らかな心の中にある芯の強さ。
儚げで、頼りなげで、護ってあげたくなるような、そんな中に、柔軟な強さを隠している。
これは、大和撫子のあるべき姿だと想うのですが、最近は「絶滅危惧種」になってしまいましたね~(^^;
でもいいんです、園まりさん一人だけでも、いてくれたら。

それに、「まりちゃん」とはぜんぜん似てないけど、私にはもう一人。
うちのカミサンが、わりと「大和撫子」なんです、(^┰^ゞ。

・・・大切にせねば。

おしまい

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