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2013年1月

まりちゃんの逸話

※注:このページの内容は、殆どが未確認情報です(訂正の可能性あり)。

○まりちゃんの後輩

Kaisannsyou


wikiを見ると、「東京の小学校時代、放送部に所属、評判の名アナウンサーだった」とあります。
へ~ぇ、そうなんですかぁ!
きっと、小学生の頃から美声だったんですね~。

Photo

〈画像は本文と直接関係ありません〉
〈校内放送で「♪つゆの玉ころり」を歌った事はないと想います〉

その頃には、安西愛子先生のもとで、歌のレッスンもしていますから、歌唱力もプロ級。
お昼休みには「まりちゃんの唄声」が教室に流れていたそうです。

その学校というのが、桜台にある「練馬区立開進第三小学校」で、生徒数700名ほどの小さな学校なのです(航空写真参照)。
だから、目立つ子は、すぐに学校中に知れ渡ったのでしょう。
小学4年のときに、保谷市(ほうやし)の学校から転校してきたので、先輩にはあまり知られていないかもしれませんが「放送部のまりちゃん」と言えば、後輩はみんな知っていたはず

その「まりちゃん」が6年後にあの「まりちゃん」、つまり「園まり」になるわけですね。
後輩の男の子たち、さぞかし自慢だったのではないかな?
「園まりは、俺の先輩なんだぜ!」
園まりさんと、一度も会ったことがなくても、そう吹聴したのではないかと。

Photo

「私たちの卒業した開進は、練馬の学習院と呼ばれてたのよ。園さん知ってらした?」
「校庭が狭くて、運動会のときはいつも大騒ぎしたこと覚えています」               .
などと、お話をしています。                                                            .

ちなみに、ここは女優の佐久間良子さんが卒業した小学校でもあります。
まりさんは芸能界に入ってから、そのことを知ったのではないかと想いますが、同校卒業生つながりで、対談などもしているようです。
小さな小学校の卒業生に、トップスターが二人、地方じゃ考えられませんよね。
こんなお話も、東京ならではでしょうか。
もっとも、この学校、『練馬の学習院』と呼ばれ、公立小学校の中では名門だったようです。

"練馬の学習院" "開進第三小学校"で検索すると、いろいろ出てきますよ。
ただ、子供たちを怖がらせるといけないので、ワザワザ覗きに行かないで下さいね(^^;。

○まりちゃんの住まい

園まりさんが全盛期、女性歌手人気ナンバーワンだった頃、どこに住んでたと想います?

1967

芸能人が大勢入居していたということで有名な『リキマンション(故 力道山の建てたマンション)』でもなく、超高級住宅街でもない、ごくフツーの町でした。
しかも、こんなふうに、住所が一般公開されていましたから、大変だったようです。
何がって?
ファンですよ、ファン。
ファンレターを直接手渡そうと訪れる人が多く、中には「プロポーズ」しようとする者もいたそうです(その中には高校生までいたんですって!)。
いずれも、お母様が対応されたようですが、プロポーズを丁重に「お断り」するのが、大変だったそうな。
(その高校生には、いい想い出になったんだろうなぁ、ウラヤマシイ)

住所を公開するのは当時、普通のことだったらしいのですが、これじゃ、安心して暮らせませんがね、危ない危ない。
今は、全く無関係の人が住んでおられるようなので、ワザワザ覗きに行かないで下さいね(^^;。

ちなみに、現在(いま)も大スターにしては、意外に庶民的な場所に住まわれているみたいです。
正確な場所は知りませんが(知っていても書きませんが)練馬区界隈からそれほど遠くない、静かで空気がきれいなところのようです。

○まりちゃんのボーイフレンド役

12_31_0_15


去年、生放送(だと想う)のワイドショーを見ていたら、浅丘ルリ子さんが出演されていました。
そこで、石坂浩二さんのことが話題になっていたんです。
インタビュアーは、有名お笑い芸人だったような気がしますが、はっきりと思い出せません。
その中で、「どうして、石坂さんと離婚されたんですか?」という質問に浅丘さん、「石坂さんのこと、最初から別に、好きじゃなかった。わたしが本当に好きだったのは小林旭さんだったの。」
えぇ゙~?!、衝撃の告白!!、観ているこちらが、ひっくり返りましたね。

さすがに、インタビュアーの方も動揺して「そっ..そうなんですか? 初めて聞きましたけど・・・」
浅丘さん「そうよ、だって今はじめて言ったんだもん」。

この話、その後週刊誌に載ったとか、ネットで噂になったとかは無いみたいなので、ここに書いちゃいけない話なのでしょうか?
もしダメなら、関係者の方、連絡くださいね、すぐ削除します(連絡先は
『著作権及び文章の転載・引用について』参照)。

そんな石坂浩二さん、女性の目から見たらどうなのでしょうか。
男性の目線で見たら、高感度ナンバーワンの芸能人なんですけどね。
事実、昭和40年代には「好青年」の代名詞でした。
それで、いつごろデビューしたのかなと調べたら、1958年『お源のたましい』ということになっています。
その後、同年『おかあさん』、1962年『しゃぼん玉ミコちゃん』と続くわけですが、『お源のたましい』と『おかあさん』は、単なるエキストラで、クレジットに名前も無かったといいますから、事実上のドラマデビューは『しゃぼん玉ミコちゃん』になるんですね(このときは『石坂浩二』名ではないかもしれませんが)。

ここから先は、以前、『園まり スッピン18歳』のとき調べたことを想い出しながら、書いているので(手元に資料がありません)詳しくはわかりませんが、『しゃぼん玉ミコちゃん』での役どころは『マリ(三枝子の親友)』のボーイフレンドだったんですって!
石坂さんは、『マリ』=園まりさんの彼氏役でデビューしているのです。
そのとき一度きりの、ゲスト出演でしたが、撮影現場でも礼儀正しい好青年だったそうです。
初々しい園まりさんと石坂さん、演技とはいえ、当時の視聴者の目には、さわやかなカップルに映ったでしょうね。

Photo


そして、デビュー間もない頃の園まりさんではありましたが、当時の大スターや、後に大物となる芸能人に取り囲まれていたようです。
華やかな世界の中心、芸能界の中心にいたわけですね。
多くの芸能人を抱える渡辺プロダクションの中にあっても、特に有望な新人と思われていたのでしょう。
そして、この頃、ナベプロの音楽を一手に任されていた宮川泰先生も、ピーナッツの次はまりちゃんだと、期待していた。

そして50年の歳月は流れ。
今、園まりワールドの隅っこで、「ファンの端くれになりたいな」と思っている私ですが、芸能界で一番期待できるのは、やっぱり園まりさんだと感じています。
いいですよ~、歌も笑顔も人柄も。
芸能界でこんな人、他にいません、これからの活躍がたのしみです。

ところで・・・あの~、『夕刊フジ』さんスミマセン。
上の「日劇楽屋にて」の写真、一昨年掲載されたばかりの写真を使うのは、ちょっと気が引けたのですが、しっかりと文字を入れておきましたので、お許しくださいませ。
ブログの内容を読んだら「あのときの人だな」って、判るでしょうね、きっと。
その節は、親切に対応していただきまして、ありがとうございました。

「まりちゃんの逸話」って、調べれば他にもたくさんあるだろうし、すぐには思い出せないものもある。
不思議なのは、昭和40年9月のファースト・リサイタルのことや、反戦歌の「♪花はどこへ行った」を日本で最初に唄い、スマッシュヒットさせた話などを、あまり見かけないことです。
ファースト・リサイタルなんて、当時、複数の雑誌に載っていたので、逸話じゃなくて、既知の事実なんですけどね~。

また何か、面白そうな話があったら取り上げますね。

・・・おしまい

NEXT 一千万人の恋人たち

○気を引きたかった?

前回、『まあちゃん』のことを書いたとき、自分でも、いったい何を考えていたんだろうな~、なんて想った。
まあちゃんは、私が物心ついた頃に、いつもやさしく接してくれた、近所のお姉さんです。
園まりさんが若い頃の写真を見ているうちに、ひょっこり想い出した。

まあちゃんには、いつも駆け寄って抱きついていたのですが、そんなことしたのは、ほかには親父だけなんです。
不思議と母親にはしませんでしたね。

去年二十歳になった我が家の長男が、四つくらいのとき、同じようにいつも私に抱きついてきたけど、やっぱりカミサンにはしなかった。
私がいつも、仕事ばかりであまり家にいなかったので、スキンシップが足らなかったのか、それで寂しかったのか、一生懸命、気を引いているようにも見えた。
私も、『まあちゃん』と親父の気を引きたかったのかな。

ところで私、なんで、園まりさんのことを、こんなに一生懸命ブログに書くのだろう。
もしかしたら、まりちゃんの気を引きたいと想っているから?
ない! ない! 絶対ないですね...たぶん^^;。

○憧れの心

Photo

まりさん御自身は、ネットをされないので、このブログの内容を知られる心配はありません。
だからこんなに、勝手なことを書けるのです。
「まりちゃんかわいい!」とか「なんて綺麗なんだろ」みたいなことを、感じたままに書けるのです。
もちろん、ご本人を目の前にして、言えることではないし、もし知られてしまったら、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
それに、私はかなり無神経なほうなので、もしかしたら、失礼なことを書いているかもしれない。
推定一千万人もいるであろう、園まりファンの中に埋もれているほうが安心です。

それで、他の人はどんなことを書いているのだろうと、あちこち覗いてみました。

面白いですね~
最初に感じたのは、女性と男性で、かなり視点が違うこと。
最初の数行を読んだだけで判るのです、著者が男性か女性か。
女性のブログはかなり理性的で、的確なことが書かれています。
「歌手:園まり」がどのようにすばらしいか、そこから自分がどういった感動を受け取ったか等、とてもわかりやすい文章で、シンプルにまとめている。

対して、男性の文章は概ね‘感情的’若しくは‘情緒的’です。
そして共通しているのは、園まりさんに「ほのかな恋心」を抱いている。
うわ!言っていいのかな? こんなこと。
ほとんどの場合、はっきりと書いてあるわけではありません。
でも私にはわかります、「あ、この人、まりちゃんに恋してる」。

しかし、その人たちに教えてあげたい。
それ、違うよって。
憧れの心と、懐かしさなんです。
昔何処かで、園まりさんとの接点があったはず。
それで憧れる心が刷り込まれている。
そして、園まりさんが唄う「宮川メロディー」は郷愁を誘うのです。

まりちゃんに憧れ、うっとりと見つめているとき、園まり節で郷愁を誘われ、胸の奥が「キュン」としたら、「恋」をしたって、勘違いしても、無理はありません。
「まりちゃんの唄声」にはそんな力があるのです。
おまけに、目に映るのは、美貌の歌手ですからね。
男は皆、美人に弱い(^^;。

本当の恋とは、人柄に惚れることです。
気持ちを交わし、互いにメッセージを受け取り、心に惚れることです。
容姿や声に惚れるのは、きっかけに過ぎない。

遠い世界の芸能人に恋焦がれたら、それは、「自分の存在さえ知ってもらえない、究極の片想い」になります。
切なくて、苦しくて、考えるだけでも、ジワリと涙が出るような、辛い想いをすることになる。
そうはならないでしょ?
逆に、考えるだけで、幸せな気持ちになれるはず。
ほらね、憧れの心なんです。

もっとも、園まりさんと言葉を交わし、心に触れたら皆、本物の恋をしてしまうかもしれませんが。

「その人たちに教えてあげたい」と言いましたが、やっぱり、やめておきましょう。
恋していると想い込んでいた方が、幸せな気持ちになれることだってあるのです、きっと。
人を幸せな気持ちにするお仕事だから、癒しと感動を与えるのが、歌手の天命だから。
かくして、「初恋の人は園まりさんでした」と勘違いした男性は、数え切れない数に上るのでした。

○NEXT 一千万人の恋人たち

Photo_2

「♪夢は夜ひらく」が大ヒットしていた頃
関西/北陸への巡業で         
睡眠不足は列車内で解消...かな?    

昭和40年代の初め頃、中学生から大学生や若いサラリーマンに至るまで、男性のほとんどが、園まりさんに憧れていた。
それだけでも、一千万人をかなり上回る数の人が、潜在的な園まりファンだったわけです。
ところが最近、you tubeの統計欄で、ユーザー層を見て驚きました。
40歳前後の視聴者がとても多い。

これはきっと、団塊世代から二世へ、世代を越えて受け継がれているんですな。
先日、私が「まりちゃんの動画」を観ていたら、成人式を迎えた長男が、後ろから覗き込んでました。
45年前、私と親父が二人並んで「まりちゃんの姿」を食入るように見つめていたときと、同じパターンです。
そんなDNAはちゃんと引き継いでいるみたいで、こんなふうに「憧れる心」も世代を越えて引き継がれていくのでしょうか^^。

まだまだ、「歌手:園まり」の時代は続きます。
いや、現在(いま)発展しているところだと言ったほうがいいでしょう。
これから先が楽しみですね。

最後に、園まりさんの人柄がわかるような、お話がありましたので、リンクを張っておきます。
読んで損はありませんよ。

隣のお姉さん

副題:まあちゃん

Photo

前回、園まりさんの写真を見て「隣のお姉さんって感じ」と書いたところで、またひとつ、不思議なことを思い出した。
どうも園まりさんの存在というのは、タイムトンネルのように、忘れかけていた昔の記憶を、呼び起こす力があるみたいだ。

皆さんは、小さいとき好きだった、大人っていませんでしたか?
近所の面白いおじさんや、遊んでくれた、歳のはなれた従兄弟など。
私は幼いころ、近所の人について行ってしまい、よく行方不明になる子だったと、オフクロがぼやいてました。
おとなの人が好きだったんです。

その中でもとくに好きな人がいましてね。
ひとりは、「たかちゃん」といって、裏の家に住む、お兄さん。
素手で、トンボや蝶々を捕まえてくれたり、模型飛行機を飛ばすところも、見せてくれた。
鉄棒なんかもすごくうまくて、私から見たら、何でもできるスーパーマンだった。
それに憧れて「はやく大人になりたい」って、思いましたね。

もっと好きだったのは、「まあちゃん」。
近くの美容院に勤めるお姉さんで、そこの親戚の娘(こ)だったみたい。
我が家は床屋さんだったので、色々融通し合うためだったのでしょうか、よく来てました。
駆けよって、ガバッと抱きつくと、やさしく微笑みかけて、頭をなでてくれる。
美容院が暇なとき遊びに行ったら、私をひざの上にのせて、指遊びを教えてくれた。

でも、まあちゃん、私が幼稚園のとき、何処かへお嫁に行っちゃった。

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大人たちの話では、それはそれは美しい花嫁さんだったそうです。

なのに、当時私は幼すぎて、顔を憶えていない。
かろうじて想い出せるのは、抱きついたときの、美容院の匂いと、桜色の白衣だけ。

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今は園まりさんの姿が、「まあちゃん」のイメージです。
ぜんぜん似てないかもしれないけど、「それはそれは美しい花嫁さん」って言ったらこれしかない。

今にしてみたら、まあちゃんの名前すら知らなかった。
あの時代だから、「まちこ」とか「まさこ」あたりだったのでしょうか?
もし・・・「まりちゃん」だったらと想うと、ドキドキしますね^^。

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背景が白いほうの写真は、「♪この喜びの日に」のジャケットと同じ日に撮影したそうですが、ご本人によると「これで三度目」なんだとか。
だから少なくとも、もう一つ、別の花嫁衣裳を着ている写真があるはずなんです。

見たいですね~、きれいだろうなぁ、きっと。

・・・おしまい

かわいいけど大御所

副題:大物歌手だけど純朴

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今、大晦日に録っておいた「年忘れにっぽんの歌」を観ています。
自分よりずっと年上の、大物歌手をつかまえて言っては失礼なのですが、園まりさん、やっぱりかわいい~^^。

Photo

心から歌に入り込んで聴いている、この表情がいいのです。
ひとの歌を、ときにしんみり、ときに楽しげに、そして真剣に聴いている、この表情の変化が、かわいらしいのです。
まりちゃん、歌が好きなんだなぁ。
隣の席から話しかけられたとき、冗談話に笑い転げる姿も、十八の乙女みたいで、いいかも。

ところがいったん唄いだすと、雰囲気変わりますね。

2012

スターのオーラがいっぱい、美しいのですが、大御所の貫禄さえ感じる。
全体の印象は、フワッとしていても、押さえるところはビシッときめて、実に「絵」になっているのです。
この『絵』、拡大し、額に入れて飾っておきたいくらいだ。

こういった「園まりのスター性」を感じるたび、思い出すのが、古い雑誌にあった記事。

Photo_2
「昭和40年9月12日、石原裕次郎をゲストに、サンケイ・ホールで初リサイタルを開いた 園まり」。

当時、園まりさん21歳、ちょうど、赤坂にお店を開店したころです。
新曲「♪あれがお父さまよ」をリリースしたころでもありますね。
たぶん「初リサイタル」では、新曲と持ち前のヒット曲、そして裕次郎さんとのデュエットで「♪銀座の恋の物語」などが披露されたのではないかと想像します。
その後メガヒットを連発し、「日劇,園まりショー」では連日満員、ザ・ドリフターズや布施明さんが前座をつとめたそうですから、想像もできないほど、ビッグな存在だった。

若いころから、そんな大物歌手でしたが、ステージを降りた素顔は、案外純朴だったようです。

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ビッグスターというよりは、隣のお姉さんって感じ。
これは昭和42年、誕生日より前の写真ですから、22歳のお姿です。
当時私は、小学5年で、園まりさんが、とても大人っぽく感じられたものです。
でも今見ると、こんなに、あどけなかったんですね。
22歳の純朴な乙女とビッグスターとしての立場、このギャップは大変だったでしょ、きっと。

この写真にある、右下の文字が書いてある部分、ボロボロなんですが、読めるところだけ拾い出してみると、こんなことが書いてある。


園 まり「歌手」

 大学生に好きなタレントを聞くと、多くは『吉永小百合』『園まり』『前田美波里』の三人を上げる この三人が最近の‘若い男性の女性に対する好み’を代表しているようだ。
事実 園まりファンには大学生や若いサラリーマンが多い 彼女のバタ臭い庶民性が彼らを引きつけるのだろう 「夢は夜ひらく」以来歌にも一段と魅力が増した。
昭和19年横浜生まれ

ー 色気のある女といわれることは?
 歌についてならうれしいんですが、私自身のことなら変な気持ちです だって自信がないんです


園まりさんご自身が感じている『私』と周囲が感じている「園まり」では、色々とギャップがあったみたいですね~。

ところで、私に「三人選べ」といわれたら『園まり』『平井雪子』『白川道子』なんですけど、ダメでしょうか?(^┰^ゞ。

・・・おしまい

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