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こんなに悲しいとは...想いもよらなかった

副題:夜明けまで『ザ・ピーナッツ』を聴いた日

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以前、『モスラ 封切り50周年』の記事を書いたとき、『ペアバンビ』(2代目小美人)のお一人が亡くなられていたのを知り、言いようのない不吉な予感がしました。
そして、「そんなこと考えてはいけない!!」と必死にうち消していた時期がありました。
最近やっと、嫌な予感から解放されたと思ったのに。

エミさん、どうしてそんなに早く逝かなければならなかったの?
悲しいです、切ないです。

もの心ついた頃には、お二人は既にトップスターで、毎日のようにテレビやラジオから歌声が聞こえていました。
我が家はトコヤさんだったので、お店からはラジオの音がいつも聞こえており、幼児期もその中で育ちました。
だから、ピーナッツの歌声を、子守唄として聴いていたかも知れないと想います。

そして、子供時代はその環境の中で育ったので、ピーナッツの歌声は「あって当然」、空気のようなものでした。

それが、私が19歳の時、突然聴かれなくなった。
お二人が引退されたから。
そのことは、頭では分かっているのだけれど、何故か受け入れられなかった。
「最近、ピーナッツどうしたのかな?」・・・「そうだ、引退したんだ」そんなことを繰り返し想いました。

テレビで姿を見られないことが、寂しかった。
ラジオから声が流れてはこないと想うと、一つの時代が終わったように感じて...
昭和50年代「♪キッスは目にして」という曲が流行ったとき、「♪情熱の花」を想い出して懐かしかった。
きっと『ピーナッツ』もどこかで聴かれているのだろうと、お二人に想いを馳せました。

ここまで読まれた方の気持ちを、裏切るようで、申し訳ないのですが、私はとくに『ザ・ピーナッツ』のファンというわけではありません。
お二人がデビューしたころに、もの心がつき、その歌を聴いて育った世代の、ごく平均的な人間です。
だから、同年代の方が『ピーナッツ』を想う気持ちは、皆これに近いものがある筈です。

そのくらい偉大な存在だった。
たとえコンサートに行かなくたって、殆どレコードを買わない人だって、皆ピーナッツが好きだった。
テレビに映るお二人の姿を見て、ほのぼのとした気分になった。
日本中に「小さな幸せ」を届けられていました。

Winkの「♪ふりむかないで」を耳にしたとき、「お二人も、どこかで聴かれているのだろう」と想いをよせました。
でも今は、それすら叶わなくなった。
悲しい...悲しい。
訃報をニュースで知った夜、寝付くことは出来ませんでした。
明け方まで、CDを聴きました。
手元にあるのは『ベスト・アルバム』と『ザ・ピーナッツsings宮川泰』だけです。
これを、繰り返し繰り返し聴きました。
それまであまり意識しなかったけれど、お二人の歌声に、情感がたっぷり入っていることを、初めて知った。

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次の土曜日、お二人が通っていた学校を見に行きました。
我が家の近くなので、よく前を通るのですが、こんな気持ちで、しみじみと見るのは初めてでした。

今一番気にかかるのはユミさんのことです。
エミさんと、一心同体でしたから。

とても辛い気持ちで、深い悲しみの中におられるのでしょう。
絶望の淵に沈まれていなければよいと想うのですが。

すぐに元気になって下さいとは申しません、そんな無理なこと。
少しずつで良いのです。
そしていつか、甥御さんと一緒に、お姉さんの思い出話に花を咲かす事が出来る日が来ますように。
きっとエミさんもそれを望んでいると思います。
一心同体でしたから。

幸せになって下さい、お願いです、それを祈っています。
いつか、噂を聞けると良いなと思っています、「ユミちゃんは幸せに暮らしているよ」と。
お願いです、お願いです...どうか幸せになって下さい、それだけを祈っています。
そしてお礼を言いたい。
エミちゃんありがとう、ピーナッツありがとう。
美しい歌声を、楽しい想い出をありがとう。

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