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「♪花はどこへ行った」

副題:最近は聴かなくなった『反戦歌』

Photo

前回、「♪あれがお父さまよ」を書きながら、この歌が、フォークソングではなくても『反戦歌』にはなりうるのではないかと考えていたとき、ひょっこり思い出したのが、「♪花はどこへ行った」。
日本で一番、そして世界で一番有名な『反戦歌』ですよね。
昭和40年代前半、『ザ・リガニーズ』が歌って大ヒットしたフォークソングですが、元はアメリカでヒットした曲を、カバーしたもののようです。

歌詞

ところで、この文章を読んでいるあなた。
このページにたどり着いたと云うことは、『ザ・リガニーズ』をオンタイムで聴いた世代ではありませんか?
当時「変な名前のグループだなぁ」と思いながらも、「♪花はどこへ行った」の歌詞が、「初めて聴いたような気がしない」さらりと心にとけ込むような『既視感』を感じませんでしたか?

実は遡ること昭和39年の春、園まりさんが殆ど同じ歌詞で唄い、スマッシュヒットさせているのです。
しかし、私個人としては「♪花はどこへ行った」をカバーした歌手が、『ザ・リガニーズ』以前にきっと大勢いたのだろうと考え、そのどれかを聴いたのだと、勝手に想い込んでおりました。

ところが先日wikiを見たところ《ザ・リガニーズが1966年発表。おそらく、日本で最初の同曲のカバー音源と考えられる。》と出ていたのです。
もちろんこの記述は間違っているのですが、私の《『ザ・リガニーズ』以前にもきっと多くの歌手がカバーしていたのだろう》と云う想像も間違っていたようです。
考えられるのは、昭和40年以前にこれをカバーしたのは、園まりさんただ一人か、他にいたとしても、ごく少数であろうと云うことです。
そうすると、『ザ・リガニーズ』の「♪花はどこへ行った」を聴いたとき感じた「既視感」は、園まりさんの歌声を聴いていたため、という可能性は充分あります。

私が「園まり」の名を知ったのは、昭和39年秋「♪何も云わないで」が大ヒットしたときですから「♪花はどこへ行った」を誰が唄っているか知らないで聴いた可能性は、大きいのですが、まりさんがまだトップスターに上りつめる以前のことですから、同じような人が大勢いたとしても不思議はありません。

下に園まりバージョンの歌詞を、かいつまんで記します。


Photo_2


このバージョンの作詞は『T.オータ』、補作が『安井かずみ』となっているのですが『T.オータ』とは、おおたたかし氏のことなのでしょうか?
もしそうであれば、昭和41年に、おおたたかし氏によって訳詞されたとする「ザ・リガニーズ バージョン」が実際には昭和39年に、ほぼ完成されていたことになります。
それならば、英語の元詞に忠実でないのは理解できます。
訳詞ではなく『作詞』だったわけですから。

当時、園まりさんは、二十歳になったばかりの若手アイドル歌手だったにもかかわらず、神々しいまでの「天使の歌声」を聴かせてくれます。
それは、朗々と唄い、メリハリがあって、フォークとは違うし、反戦歌というより、ちょっとオペラみたいな感じ。
歌声の美しさと、耳あたりの良さが前面に出ています。
それでいながら、心に深く染みこみ、何度も来り返し聴くと、歌詞の内容が突如映像としてうかぶ瞬間があります。
そのとき、この美しい歌の後ろに隠された、ぞっとするほど残酷な戦争の本質と、それが生む悲しく切ない結果を、肌で感じとることができます。

それは、家族の愛も、友情も、そして恋人どうしの愛も、全て無惨に踏みにじってしまうものです。
戦争は何があってもダメです、絶対にしちゃいけない。
戦争好きの大国に対しても、イエスマンになっちゃいけない、主体性のある国にならなければ。
何人も、自分や家族や恋人のことを想うなら、最も大切なものが、見えてくるはずです。

・・・おしまい

6月15日追記:

Photo

園まりさんの帽子が「花はどこへ行った」のジャケットに写っているのと、よく似てますね。
その頃の写真なのでしょうか?
まりちゃんカワユスな~^^

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