最近のトラックバック

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

園まりさんは二重人格?

このページ、ちょっとふざけ過ぎているので、削除しました。

今までは、気まぐれに書いたまま、読み返したりしなかったものですから、かなりひどい内容のページを放置したままになっていました。

これでは、園まりさんに失礼ですよね。
(ご本人や関係の方に見られてなければ、いいのですけど)


ということで、これから、更新はゆっくりになるかもしれないし、ページ数も少し減るかもしれないけれど、質の高い「園まりブログ」を目指しますので、よろしく!

2014年5月17日

乙女の心

副題:「5時に夢中!」の三人娘を観て、想ったこと

Photo

2012年2月10日(金)tokyo MX「5時に夢中!」に三人娘出演だったのですが、私が住む中部地方では放送されない、悔しい!
ところが、you tubeにUPされているじゃないですか。
嬉しい!

でもこれを見て驚いた、「5時に夢中!」ってこんなに危ない番組だったんですか?
深夜放送じゃないですよね?
(だから「5時に夢中!」だってば)
番組内で、三人娘にあびせられた(まさに浴びせられた)質問だけでも、こんなに恐ろしいのがあったんです。

①伊東ゆかりさん、お金にものを言わせたことは、ありますか?
②ミエさん、ヌ-ド写真集を出すと確約されてますが・・・(マジですか?)
③「セ
 ックス」に慣れると、恥ずかしさが増してくる」と云うことなのですが、ちなみに園さんも、そうでいらっしゃいますか?(なっ何てことを)
④三人の中で、表の顔と裏の顔が違うのは誰?
⑤三人の中で、トラブルメーカーなのは誰?

お願いだから、そんな無茶なこと聞かないで!

とんでもない質問も、知的に受け流す伊東ゆかりさん、カッコイイ。
リアクションが不得手な園まりさん、動揺しながらも、ガンバッてます。
中尾ミエさん、いつもどおりの毒舌ですが、さりげないフォローで優しい。
いや~お三方、コントラストが強いです。

これを観て、嬉しかったのは、園まりさんが、「若い頃お付き合いした話」を、否定しなかったこと。
自然体の姿は好感度高く、昭和の女神が血の通った女性として、現代によみがえった感じです。

もっと嬉しかったのは、容姿も然ることながら、まりさんの心がオバサンになっていなかったこと。
人の気持ちを大切に想う大人でありながら、ナイーブな乙女だったことです。
想定外な質問をぶつけられて動揺しながらも、素で勝負。
「ハラハラ、ドキドキ」だったけど、世の男性ファンの期待を裏切るようなことは、ありませんでした。
ア~よかった、よかった(´・`)ホッ

テレビ愛知/人生おうえん歌

第3回OKBankスマイル歌謡祭/人生おうえん歌
2012年2月18日(土)放送
司会:合田道人、他
出演:園まり、他

 

先日録画した番組「人生おうえん歌」、昨晩になって、やっと観ることが出来ました。
やるじゃない!「テレビ愛知」
地デジ時代になってから、つまんない番組ばかりになったな~と思っていましたが、久々に観ました、中身の濃い番組。

でも、これって愛知県限定なんでしょうか?
余所の地域では、観られないのですか?
だったら紹介せねば、名古屋人の義務です(大げさ)!

ホントはyou tubeにUPしたいところですが、再放送の可能性も否定できないので、そんな無茶は出来ません。
と云うことで、画像と解説だけにしておきます。
なお、今回は園まりさん限定の解説です。

曲目は以下のとおり
「♪何も云わないで」
「♪知床旅情」
「♪スタンド・バイ・ミー」
「♪もう一度逢いたくて」
「♪逢いたくて逢いたくて」
「♪上を向いて歩こう」

Photo

「♪何も云わないで」
私好みの歌い方。
あっさりした「園まり節」、あっさりした「♪何も云わないで」。
清楚です、清純です。
幼い頃に見た、天使の姿がそこにある。
ああ、園まりさま!

Photo_2

「お客さんと一緒に!ふれあいコーナー ♪知床旅情」
お客さん、まりさんと見つめあって唄ってる。
いいな・・・うらやましい。
とてもフレンドリーで、人なつこい優しさを感じます。

Photo_3

「♪スタンド・バイ・ミー」
うわっ!(゚o゚) 色っぽい(ドキ ドキ ドキ)。
先ほどの「♪何も云わないで」とは対照的です。
やわらかな身のこなしに、軽いステップ。
ただそれだけで、特別なことをしているわけでは、ありません。
なのに、頭の中が真っ白になりそうなほど、セクシ-。
私の感性が、変なのかな?
まりさんご自身は、気がついているのでしょうか?
たぶん、全く意識していないでしょうね、不思議です。

Photo_4

「♪もう一度逢いたくて」
美しい唄声、美しい姿、そして優しい。
同じ優しさでも、先ほどの「♪知床旅情」とは違い、ちょっぴり感傷的な優しさです。
何だか、涙がでそう。

Photo_5

「♪逢いたくて逢いたくて」
「スター園まり」を最も感じるのは、やっぱりこの歌ですね~
画像は、下から見上げた表情。
普通、綺麗には写りにくい角度です。
でも、美しかったので、あえて選んでみました。
いかがでしょうか?

Photo_6

「♪上を向いて歩こう」
みんなで歌う「♪上を向いて歩こう」。
向かって左端が合田道人さん。
まりさんが所属する「オフィス合田Group」の会長さんです。
「歌手:園まり」復活の、大きな力になられた方だと、個人的には想います。

 

こんなに内容の充実した番組、日本中の人に観てほしい。
TVA様、何とか全国版で再放送されるよう、手配して頂けないでしょうか?
お願いします!

 

大人になりたい

副題:不死鳥、園まり

Photo

録画してあった「第6回徹子の部屋コンサート」の模様を観て感じたことがあったので、忘れないうちに書いておこうと思います。

幼稚園の頃か、もしかするともっと前から、私には「はやく大人になりたい」と云う強い願望がありました。
幼い頃って誰でもあるんじゃないですか?そんな想い。
お店で働いている若い職人さん(実家は床屋さんだったのです)や、お客として来る高校生を見て、いつも憧れていたのです。
ホントは「お兄さん」に憧れていたのですが、「なつく」にはやっぱりちょっと怖い。
それで「お姉さん」を見ると愛嬌を振りまいたり、いきなり抱きついたりしていたような気がします(今そんなことしたら犯罪ですが)。
昔の「お姉さん」は結構優しくて、一緒に遊んでくれたりしましてね。
今想うと、のどかで良い時代だったなあ~
アイスクリームなんかも買ってもらえたし。
それで気が付くと、
「お姉さん」が大好きになっていた(食欲が満たされたからじゃありませんよ)。

5歳頃でした、「はやく大人になりたい」と云う想いが強すぎたのか、オジサンのまねをして、胸一杯たばこを吸い込み、気絶した、なんて事もあります。
小学校に入ると、憧れの対象は、中学生になりました。
何となく、手が届きそうな身近な存在に感じたんですね。
それでも「大人の女の人が大好き」私の「女好き」は直りません、鬼のような担任教師に出会うまでは。

今考えたら、イジメられてたわけですが、とにかく相性が悪い。
若い女性とは思えない残虐さで懲らしめられたせいか、女の人が嫌いになった。
ボロボロに傷つき、大人への憧れも消えかけた小学3年の時、突然現れた救世主が、園まりさんでした。
「♪何も云わないで」を唄う優しい声。
繊細で穏やかな表情。
まさしく、天使で聖母です。
寝ても覚めても、園まりさんを想い続ける日々は、幸せでしたね~。
自分は恋をしたんだって思い込んだ。
ただの憧れなんだと気づくのに、何年もかかりましたよ

やがて中学生になり、思春期を迎えると、「俺はもう一人前だ」と想うようになり、幼い頃から抱いていた大人への憧れは消えました。
ショックだったのは、園まりさんが異性に見えてしまい、拒絶反応が起きたことです。
あの、幸せな日々は何だったのだろう?

話はずっと飛びますが、就職したとき、実社会で活躍する大勢の先輩を見て、カルチャーショックを受けました。
団塊世代の方が多かったのですが、私の考え方や知識が遠く及ばない、しっかりとした自己を確立している。
これでまた、「大人になりたい病」が、再発してしまった。
20代後半には30代に憧れ...自分がその歳になったら、老けただけで、中身が子供のままであるのに愕然とし・・・
で、現在(いま)はどうかって?
憧れてますよ、本物の大人に。
自分がまだ幼いですからね、50代になっても。
誰に憧れてるかって?
園まりさんに決まってるじゃないですか。
魅力的な本物の大人です。

ところが、まりさんご自身も、なかなか大人になれなくて、悩んでいたフシがあるのです。
「他人が敷いてくれたレールの上を走るような、虚しさ」を感じたそうですが、精神的に「自立」を目指したのは、40代になってからのようです。
初めて自分で銀行口座を作り、一人暮らし。
未知の世界に飛び出します。
「アイドル」と云うお人形さんから、徐々に血の通った女性に変身します。
思慮深く、慎重な園まりさんですが、少しずつ前進です。
ところが、その間に弟さんが亡くなり、お父様も肺癌で失うと云う悲しみに見舞われます。
そして、ご自身も乳ガンに。
それでもくじけたりしない、強い女性なんです。
試練を乗り越えるたび、一回り大人になり、より優しくなるようです。

しかし・・・
去年一月、最愛のお姉さんを亡くしてしまいます。
さすがにこのときは、参ってしまったらしく、声が出なくなったり、体調を崩されたり...
最も頼りにしていた人でもありましたからね。
悲しみの淵に沈んでいた園まりさんですが、ステージやテレビでは、元気いっぱいに振る舞っていたようです。
だけど、ときどき涙ぐんだりして・・・
それが、去年の夏頃から変化の兆しが現れます。
すこし寂しげだった表情が、充実した雰囲気に変わっていきます。
精力的に活動し、心の中にポッカリと開いた空間を、お仕事とボランティア活動で、埋めているかのよう。

Photo_2

そして、とうとう不死鳥のように、よみがえりました。
以前よりずっと大人になり、優しさもパワーアップしています。
現在(いま)、「歌手:園まり」は、旬です。
生き生きと、血の通った、大人のアイドルなんです。
まりちゃんがんばれ、いや、がんばらないで、無理しないで、やっぱりがんばれ。
ちょっと複雑な心境なのですが、これからも、本物の大人として、突き進んでほしいです。
永遠に、憧れの対象でありますように...

Photo_3

フラワー 園/アートのコーヒー MARI

ホントにあった「園まりさんのお店」

昭和50年代の始め頃、私は東京にいました。
職場の業務研修だったのですが、長期に及ぶもので、「東京に住んでいる」といっても良いくらいの状況でした。
それで、せっかく東京にいるのだから、今のうちに珍しいところを見て回ろう、と休日のたびに町の中へ遊びに出ることが多かったのです。
そんなとき同僚の一人が「園まりの経営しているお店があるから、探しに行こう」と言い出しました。
「園まり」と聞いて、一緒に行きたくて仕方がなかったのですが、遊び呆けていたために、私一人レポート提出が遅れてしまい、出かけるわけには行きません。
レポートを仕上げながら、彼らが帰ってくるのを待ちました。
ところが、帰ってきた連中に、早速話を聞くと「探しても、そんなお店はどこにもなかった」と言うではありませんか。

今考えると、地理不案内な「イナカモノ」が集まって探すわけですから、見つからなくても不思議はないのですが、その時は「噂だけで、実際にはないもの」と思い込んでしまいました。
都市伝説みたいなものと想ったわけです。
これでこの話は、完全に忘れてしまいました。
だから
「園まり長者番付に」で書いた、「赤坂のビルが高値で売却された話」を雑誌で観たときも、ピンとこなかったのです。
その「赤坂のビル」が「園まりさんのお店」だったと気がついたのは、ごく最近。
去年夕刊フジで「園まり 自伝」を読んだときでした、下記は一部抜粋です。
『・・・一人暮らしを決心します。当時はバブル経済の最盛期で、赤坂で家族で経営していた喫茶店が高値で売れたのがきっかけ。』
ホントにあったんですね~
調べてみると、一階が「フラワー 園」二階が「アートのコーヒー MARI」と云うかわいいお店が入った、ビルだったようです。

Photo_7

Photo

1966

Photo
昭和40年の秋口に開店したようですから、「♪何も云わないで」のヒットから一年も経っていないくらい、意外と早くからあった。
園まりさんは、経営者にして看板娘となるのですが、家族で経営(運営)していたわけですから、当時美しかったお母様や現役アイドルだったお姉さん(深山ゆりさん)もお店に出たであろうと想われます。
男性客が殺到したことは想像に難くない。

Photo

コーヒーショップの扉を開けると
園まりさんが佇んでいたら・・・

きっと、壁には園まりさんの写真が飾ってあって、BGMには「♪何も云わないで」や当時の最新曲「♪あれがお父さまよ」が流れている。
運が良ければ、園まりさんにも遇えたのかも知れない。
うわ~、行ってみたい、タイムマシンがあったら。

・・・それはともかく(`ω´)
世間一般には、トップスターの園まりさんが、投資先を求めて開店したと想われがちなのですが、実際は少し違ったようです。
デビューして三年、トップアイドルになってから一年足らずですから、一等地にお店を持つには、銀行からの融資が必要だったはず。
けっしてお金が余っていたわけではありません。
それでも開店に漕ぎつけたのは、花屋さんがデビュー前からの夢だったから。
喫茶店を開業したのも、将来のことを考えてのようです。
「夢」を大切にしながらも、堅実で慎重なまりさんらしいなぁ~と思う。
「園まり」のネームバリューは、お店のために大きな力になったと想いますが、園まりさんご自身や薗部家※にも商才があったのでしょうか、繁盛したようです。

そしてバブル景気を迎え、不動産価格は高騰します。
そのとき、多くの資産家や芸能人が投資に走る中、逆に「売り」に出したのです。
お店の入ったビルは、高値で売れ、園まりさんは、人生を一からやり直すきっかけをつかみました。
将来のことを考えて開店したお店は、形はちがえこそ「将来のためになった」と云うわけです。
私も商売人の息子ですからわかります。
お店と云うものは、愛すれば必ず、どこかで応えてくれるものなのです。
「フラワー 園」と「アートのコーヒー MARI」は、まりさんの手元を離れる最後にも、「新たなる飛翔(たびだち)」のために、力になってくれたと云うお話でした・・・おわり

※園まりさんの実家は薗部です

2012年3月4日追加

1965923

「フラワー 園」の写真(昭和40年9月頃)

Times1966

笑っちゃイケマセン(^^)
こんなポーズにも気さくに応えてくれる庶民派なんです

喫茶店の看板は、「アートのコーヒ」となっていますが、お店の名前は「tea room MARI」だったようです。
お店ができてまもなく、名前が変わったのかも知れません。
両方あわせて「Sono&Mari」だったのでしょうか、
現在調査中です。

余談ですが
「フラワー園」 TEL ***-**87 ←この電話番号「花」にかけているのでしょうか?
「tea room MARI」 TEL ***-**88


2015年1月21日追記

赤坂にあったこのお店、当初は花屋さんと喫茶店だったのですが、昭和40年代の終わり頃に「スナックを開店した」という噂、聞いたことありませんか?
一階にあった『フラワー園』 が『スナック・まり』になったという。
 
このページ冒頭で昭和50年代の始め頃、「同僚の一人が『園まりの経営しているお店があるから、探しに行こう』と言い出しました。」と書いたのですが『フラワー園』を目印に探しに行ったのですから、噂が本当なら見つかるわけがありません。
ちなみに、「スナックを開店した」という話があったころの園まりさんが、こちら[寅年にちなんで懐かしい1枚]

ウォーリーをさがせ

副題:園まりさんは、ど・こ・か・な~?

私のお気に入り映画「クレージー黄金作戦」、このDVDにはコメントトラックがあって、谷啓さんの暖かな声、園まりさんのエレガントなトークがたっぷり収録されているのです。
だから、癒されたいときは、BGM代わりに流していることが多いのですが、昨日もこれを聴いているとき、想い出しました。

Photo_11

上の写真、この映画で最も有名な、ラスベガスの大通りで7人が踊る場面です。
矢印の警官は本物、その指示に従って迂回しているのも、一般の通行車両。
実際に通行止めをして、撮ったそうなんです。
もちろん見物人も本物で、エキストラじゃありません。
「ここまでやるか」の凄いシーン。
「クレージー映画の最高峰」と云われるだけあります。

Photo_12

園まりさん、この映画では、アメリカロケでの出演シーンが、「砂漠で踊る花園百合子の妖精役」だけですから、ロケ中は比較的時間の余裕があったんじゃないでしょうか?
だからなのか、大通りで撮影中、この群衆の中で観ていたそうなんですね。
つまりこの中の、どこかにいるかも知れないわけです(まあ、実際にいたのですけど)。
ど・こ・か・な~?
目を皿のようにして探したのですが、見つかりません。
「映るような場所にいるわけない」と想いつつ、いつか時間があったら、一コマづつ探してみたい。
万が一、見つけたら、UPしますが、期待しないでね。

このページは(永遠に?)未完成です。

アナログ用DVDレコーダーで地デジを録ってみた

アナログ放送用録画機を使って、地デジ番組をDVDメディアに保存するには

テレビはエコポイントで買い換えたものの、録画機はそのまま(デジ録難民)、或いはブルーレイを購入しても、古いDVDレコーダーを捨てずにいる、なんて家庭は案外多いのではないでしょうか?
我が家にもアナログ放送時代の機械が2台(東芝製とシャープ製)もあって、「処分するしかないのだろうか?」と思っていたのです。

しかし、ダメもとで地デジ録画を試みたところ、両方とも上手く行ったので、その方法を紹介することにしました。
なお、このページの内容は、裏技でも何でもなく、レコーダー本来の使用方法に基づいたものです。

準備するものは下記のとおり

①アナログ放送用DVDレコーダー(HDD付き)
故障していないこと

②レコーダーの取扱説明書
必須というわけではありませんが、無ければかなり厳しい。
メーカーのホームページ等で仕様が確認できるか、もしくは自分で調べることが出来れば無くてもOKです

Photo
③地デジチューナー
必須、所有していない人は、あきらめてください、現在、地デジチューナーは価格が高騰しているようです(下に参考価格を載せておきます)。
外部出力端子がある地デジテレビでも代用できますが、使い勝手は非常に悪くなります。
その場合は、低価格のブルーレイレコーダーを購入した方が現実的。

Photo_2

④ビデオコード
赤・白・黄のプラグがついた「ピンーピン」コードです。
地デジチューナーやDVDレコーダーに付属していますが、無ければ100円ショップなどで購入します。

Photo_3
⑤CPRM対応のDVDメディア
DVD-R/RW/RAMの中から、レコーダーの仕様に合った物を購入します。
我が家の場合、東芝製はR/RW/RAM全て、シャープ製はRWのみ対応でした。
仕様の調べ方については後述します。

Cprm_dvdr

CPRM DVD-R

Cprm_dvdrw

CPRM DVD-RW

Cprm_dvdram

CPRM DVD-RAM

⑥モニタ用テレビ
外部入力端子があればアナログ用ブラウン管・地デジ用液晶テレビ、何でもOKです。

まず、ごく基本的な説明から。
DVDレコーダーには、2つのモードがあります。
VRモードとVideoモードです。
ごく大雑把な説明ですが、VRモードは「DVD Video Recording Format」で使い、HDD等に録画するときの記録方式は、本来このモードです。
それに対してVideoモードとは、市販されている映画ソフトなどに採用されている方式で、レンタルDVDなども、この記録方式です。

Videoモードは、商品として成立させやすいのですが、記録内容の編集は出来ませんし、デジタル放送に対応していないので、今回は使用しません。
アナログ放送時代、家庭用DVDレコーダーではHDDにVRモードで一旦録画、編集した後、DVDメディアに焼き付けるとき、Videoモードに変換しているのが一般的でした。
これは市販の映画ソフトも同じです。
撮影現場では、VRモードで一旦録画、編集した後、Videoモードにデータ変換して大量生産(プレス)します。
解り難いでしょうか?


では、ここから先はちょっぴりウソの説明です(ホントは真っ赤なウソです)。
VRモードとVideoモードの違いが解っている人は、読み飛ばしてください。
概念を理解しやすくするための方便ですが、デジタルに弱い中高年のために、あえて説明します(私も中高年ですから)。

歌謡曲などの、アナログレコードを作る行程を思いだしてください。
最初にレコーディングするのは、伴奏です。
マルチトラックのテープデッキへ、それぞれのパート毎に演奏したものを、録音します。
こうすることによって、パート毎に録り直しが出来る上、メンバー全員が揃わなくても、スケジュールに合わせて別々に演奏し、ミキシングすればフルオケにすることも出来るからです。

こうして出来上がったカラオケに、歌手が唄を吹き込みます。
出来上がった録音テープは、レコードカッティングの現場に引き渡されます。
ここまでに使用される機材は、全て録音用のものであり、メディアもテープなど録音用のものです。
もちろん、マルチトラックですから編集の自由度も大きいのです。

カッティングの現場では、録音メディアから再生された音声信号を、2チャンネル(ステレオ)にミックスダウンして、カッティング原盤に「音溝」を刻み込みます。
原盤は柔らかい材質なので、これにレコード針を落として再生することは出来ません。
この原盤に、金属などの堅い材質を溶かして流し込み、プレス原盤を作ります。
これで「音溝」は「音峰」になります。
ここにレコードの材質となるプラスチックを流し込み、ベリ!っと剥がせばレコード完成。
話しを簡単にするため、かなりいい加減な説明ですが、まあ、大体こんなもんです。

ここで、カッティングの現場に引き渡される録音テープの状態までがVRモード、カッティング原盤以降がVideoモードと想って下さい。

ウソ八百の説明ですが、概念的には納得して頂けるでしょうか?
そしてVideoモードは商品として成立しやすいからなのか、著作権に厳しいデジタル放送には対応していないのです。


それでは、実際の録画方法について説明します。

Haisenzu

最初に行うのは機器の接続です。
接続は、全ての電源を切って行ってください。
レコーダーの前面か裏面に外部入力があるはずです。
赤・白・黄の映像と音声の入力端子です。

Photo_4

Photo_5

Photo_6

ここに、地デジチューナーをビデオコードで接続します。
次に、レコーダーの出力端子とモニタ用テレビの入力端子をビデオコードで繋ぎます。
接続を再確認したら、テレビ・レコーダー・地デジチューナーの電源を入れます。
テレビに、レコーダーのメニュー画面等が出ているでしょうか?
出ていなければ、テレビのリモコンでライン入力(複数有る場合は今回レコーダーを接続した入力端子)を選択し、レコーダーからの画面が映るようにしてください。

それが済んだらレコーダーのリモコンで、外部入力(複数有る場合は今回チューナーを接続した入力端子)を選択し、地デジ放送が映るようにしてください。
この状態で録画ボタンを押し、5分ほど様子を見ます。
録画を停止し、HDDの中を確認すると、今録画したファイルが見つかるはずです。
機種によってはファイルに「コピー不可」の表示が付いているかも知れません。
ここまで出来れば、あとはDVDメディアに焼き付けるだけです。
次のことを確認してからメディアを購入してください。

Photo_7

参考(シャープ) DV-HR500の仕様

Photo_8

参考(東芝) AK-G100/200の仕様

まずお手持ちの、「レコーダー取扱説明書」を見ます。
索引で、「VRモード」・「CPRM」・「コピーワンス」・「コピーコントロール」等を引くと、地デジ録画・CPRM対応状況いずれかの記述が出てきます。
その中にCPRM対応ディスクを使用し、VRモードでダビングなどと書いて有れば、100%DVDメディアに記録できます(機械が壊れていない限り)。

Photo_9
但し、CPRM対応DVDメディアなら、何でもOKと云うわけにはいきません。
機種によって使えるメディアが違います。
取扱説明書索引から「VRモード」・「CPRM」等探すと、そこに対応メディアが記述されていることが多いです。
今回、東芝製は「CPRM対応のDVD-R/RW/RAM」、シャープ製は「CPRM対応のDVD-RW」のみとなっていました。
もし、取扱説明書が無いときは、メーカーのホームページ等で仕様を確認します。
確認できたら、CPRM対応のDVDメディアを購入します。
但し実験ですから、最初は少数購入とします。
10枚~20枚くらいが良いでしょう。
価格は800円~1500円くらいです。
信頼できるメーカーのものを選びましょう。

購入したCPRM対応のDVDメディアはそのままでは使えないことが多いので、レコーダーでVRフォーマットをします(方法は取扱説明書かメーカーホームページで調べます)。
それが済んだら先ほど実験で録画した(5分くらいの)ファイルをメニュー画面から「ダビング」します。
「DVDーVideo作製」ではなく「VRフォーマットファイルをダビング」するわけです。
こうして焼き付けたDVDは、昔ながらのDVDプレーヤーでは再生することが出来ません。
「VRモード」&「CPRM」対応の新しいタイプのプレーヤーでのみ再生可能です。
しかしご安心あれ、今回録画出来た古いDVDレコーダーは、全ての機種が「VRモード」&「CPRM」対応になっているはずです。
ちゃんと再生できたでしょ?

ここまで出来れば、予約録画も簡単です。
地デジチューナーの「オートパワーオフ機能」を無効に設定し、録画したいチャンネルに合わせて、電源を入れたままにしておきます。
チューナーの消費電力は、テレビや録画機の待機電力と殆ど変わらないので、電気代は気にする必要ありません。
DVDレコーダーの予約録画はアナログ時代と基本的には変わりませんが、Gコードは使えません。
チャンネルは外部入力(地デジチューナーが接続されている入力)を選択します。
テレビ以外のリモコンは誰かにいじられないように隠しておきます(私はこれで失敗しました)。
モニタが地デジテレビなら、その間観たい番組を自由に観られます。
これで裏番組録画もバッチリです。

なお、これは私個人の考えなのですが、地デジ番組を「焼き付ける」なら「CPRM対応のDVD-RW」が最も適しています。
今回の実験で判ったのですが「DVD-R」は録画機が古くて、へたっている場合、失敗する確率が非常に高い。
コピーワンスなので、失敗すると元映像も消えてしまいます。
一方「DVD-RAM」は高価な上、対応していないプレーヤーがあるので、他の機械で観られない恐れがあります。
「DVD-RW」なら、安価で失敗も少なく、対応機種も多い。
しかも「DVD-R」と違って、一枚ずつ試し録画で確認した後、「本番」に望めます。

おさらい:
「CPRM対応のDVD-RW」をVRモードでフォーマットし、HDDの中に保存した地デジ番組を「ダビング」する。
「ダビング」するとHDD内のファイルは消えてしまう(コピーワンス)。
機種により、また機械の状態が良ければ「CPRM対応のDVD-R」を使用しても同じ様に焼き付けることが出来る。
ただし、失敗するとHDD内のファイルは消えてしまう。
「DVD-RAM」は高価なだけで、メリットがないので使用しない。

なお、今回実験したのは2機種のみです。
全ての機種について、このとおりの結果になる保証はありません。
試される方はくれぐれも、自己責任で行ってください。
大量にメディアを買い込んだり、地デジチューナーを新たに買って無駄になったら、もったいない。

                                                   ・・・・おしまい

今回実験に使用した機器

Photo_7

DVDレコーダー シャープDV-HR500

Photo_8

DVDレコーダー 東芝AKG-200

Photo_10

地デジチューナー廉価機種 参考価格
 
 
 

ビデオコード×2本必要

♪あんたなんか

副題:宮川泰先生のコメント

Antananka

園まりさんのメガヒット「♪逢いたくて逢いたくて」のB面「♪あんたなんか」。
この曲、宮川泰先生のお気に入りらしいのですが、以前
「宮川先生のこと」を書いたとき、あれ?と思う部分がありました。
それは、先生が「♪あんたなんか を三人娘で歌ったら面白いんじゃないか」とコメント※を出されたことについて、なのです。

植木等さんのパートを誰が唄うの? 
あまり若いゲストじゃ、役不足でしょう。
同年代以上の歌手で色男、コミカルな上に、ふてぶてしさも演じられれば、もっと良い。
加山雄三さんなら声はよく似てるけど、コミカルさが物足りない。
田辺靖雄さんじゃ、ふてぶてしさが足らない。
先生は、いったい、誰を想って言われたのでしょうか?

Photo
三人娘をテレビで見ながらぼんやり考えているとき、突如として悟ってしまった。
「いるじゃない、目の前に!」
フッフッフッ・クックックッ・ア~ハッハ(^O^)
中尾ミエさん、ピッタリだぁ~
別に男性歌手でなくても良かった。
なんで、気づかなかったんだろう。
ミエさんゴメンなさい、ファンの皆さんゴメンなさい。
でも先生は「♪あんたなんか を三人娘で歌ったら」と言ったのです。
間違いありませんよね~

※以前「宮川先生のこと」書いたとき、『「♪あんたなんか を三人娘で歌ったら面白いんじゃないか」みたいなコメント』と表現したのは、先生が言われたことを、直接聞いたわけではないからです。
2006年1月、DVD「クレージー黄金作戦」のコメンタリトラック内で、司会の方が言われたことなんですよね。
ですから、園まりさんご自身も、この時初めて知ったのではないかと想われます。

先生がそのように言われたのは、2005年の三人娘再結成後ですから、最後まで「愛弟子」をみつめ続けておられたわけです。
園まりさんの復帰と、三人娘再結成を一番喜んだのは、宮川先生ではないかと、個人的には想います。
先生は、まりさんが全盛期の頃にも『まりちゃんのこと』と云うコメントを出されたことがあるので、また機会があったら、そのことも書きますね。

フェラーリ

副題:スーパーカーとケンカしてみた。

K0860s2a

今日運転中、表通りが込んでいたので裏道に入りました。
一方通行ではないのですが、かなり狭い。
対向車とすれ違うのに、気を使う道幅です。
でも私の車はコンパクトカーなので、よほど大きな車が来ない限り、大丈夫だろうとタカをくくってしまったのです。

スイスイと調子よく走っていると、来ました来ました、対向車。
真っ赤なフェラーリです、カッコイイ。
「所詮スポーツカーなんだから、そんなに大きくはないだろう」そう想って近づき唖然としました。
信じられないくらい横幅が広い、2mくらいあるじゃないですか(ウソ)。
「こりゃ、うかつにすれ違って、こすったら大変だ」すかさず、路肩に寄せて止めました。

ところがそのフェラーリ、なぜか道路の真ん中に止まったのです。
どうやら、すれ違う自信がないらしい。
仕方ないので、もう一度切り返して、目いっぱい路肩に寄せる私。
それでも微動だにしないフェラーリ。
やっとわかりました、「お前下がれ」と言っているのです。
おまえこそ、カウンタックリバースを見せてみろ!
(だからランボルギーニじゃないってば)
向こうが路肩に寄せてくれたら、こちらはその脇を抜けられるのに。
どうも、それすら、したくないみたい。

フェラーリって見切りが悪いのでしょうか?
それとも、超高級車に傷をつけるリスクを冒したくないのか、特権意識なのか、何れにしてもカチンと来ました。
だってそうでしょ、私の車が対向車じゃなくて路上駐車だったらどうするつもり?
私もリバースで交通量の多い表通りに出たくないので、しばらく様子を見てました。
「ワガママ対決」です。

「そのうち他の車が来たら状況が変わるだろう」そう想ったのですが、甘かった。
前後の交差点にさしかかった全ての車が、道の真ん中で踏ん張っている、真っ赤なフェラーリを見て、迂回しているのです。
スーパーカー(古い!)の殆どが、ド派手な色をしている理由が、やっと解りました。
警戒色だったんですね~。

スーパーカー相手に、にらみ合いをするのは、私だけみたいで(^^;
それで、下がりましたとも。
延々50メートル程バックして、お尻から表通りへ。
そのとき、相手のドライバーが見えたので、どんな顔だろうと目を凝らしたら、私と同じくらいの歳で、ロマンスグレーの紳士です。
「ピ!」っとクラクションを鳴らし、手で挨拶して行きました。
カッコ良すぎるぜ、バカヤロウ。

「第6回徹子の部屋コンサート」放送

副題:桜色の園まりさんが魅力的だった

先月末、第6回徹子の部屋コンサートのもようを放送していました。
三人娘、よかったです、お三方とも華やかできれい。
中でも、園まりさん、さわやかでかわいかった~。
選曲も良かったし、番組の編集もイイ。
カバー曲も最高でした。

Photo

実はいままで「園まりさんは、あまり器用な方ではないのだろう」と想っていたのですが、とんでもない、全然そんなことありません。

Photo_2

「♪経験」(辺見マリさんの)を唄ったときなんて完璧、まるで自分の持ち歌みたい。
伊東ゆかりさんとの絶妙なハーモニーに、やわらかな身のこなし。

Photo_3
「やめて♪」と唄うときの、セクシ-な声とチャーミングな笑顔に、すっかり魂を奪われました(゚ρ゚)
もしかしたら、観ているうちにヨダレが出てたかも?
他人(ひと)の持ち歌を唄うのって難しいのですが、そんなときホントの実力が出るものですよね。
これが、園まりさんの、真の実力なんだと想いましたね~
他にも見どころ満載でした。

Photo_4

「♪聞いちゃった!歌っちゃった!泣いちゃった!」も映像付きで聴いたのは、これが初めてだったし(以前から、ステージでは唄っていたらしいですが)、「♪若いってすばらしい」はやっぱり青春を感じました。

Photo_5
最初に聴いたのは小学生の時だったけど(スクールメイツでしたっけ?)、これを聴きながら大人になりましたから。

Photo_6
珍しかったのは「三人娘のミズギ姿」。
始めて見ました、この写真。
いつ頃のなんでしょうか。
伊東ゆかりさんの幼さを考えると、昭和38年くらいかな?
園まりさんは、
ミズギ姿に抵抗があったそうですが、私に言わせりゃこれ、ほとんど体操服です^^;。
この、まるっきり健康的な写真でも、ゆかりさんは学校から文句言われたって・・・そんな時代だったんでしょうかね~
この十年後くらいには、ビキニ全盛になったのにね。
そういえば、この時は話しに出ませんでしたが、中尾ミエさんも歌番組に出演中、裸足(ハダカじゃないですよ)で踊っていたのが学校にバレて、退学になったと云うことですから(ヒェ~)、当時はそんな感覚だったんでしょう、きっと。

Dont_you_know
あと、レモンのキッスも良かったです。
私にとって、小学校に入った頃のヒット曲なので、青春とは全然関係ないですが、やっぱり幼い頃聴いた曲は懐かしい。
Don't you know のところで思ったのですが、この感じ、宮川先生がピーナッツのために編曲したバージョンと、よく似ているような気がします。
実際は、どうなんでしょうか?
それはともかく、今回の放送は、大好きな宮川先生と、安井かずみさんの手がけたヒット曲が多めにチョイスされていて、うれしい。

園まりさんの姿も、衣装はもちろん、肌も髪の色も桜色で、春の空を舞う天女みたい。
私の頭の中にもチョウチョが舞いましたね~
いや~満足,満足(^v^)。

しっかり録画してあるので、風呂上がりにビールを飲みながら、もう一度観ようっと。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »