最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

介護

副題:夢に見た園まりさんは、90歳のおばあちゃんだった

                                                

ある人が、「園まりさんを夢に見た話」をブログに書いていた。
その手があったかと、このところネタ切れの私。
私も最近、そんな経験があるので、さっそく書こうっと。
なんと、夢の中で、まりさんを抱き上げていたんですよ~(^-^)
それがどう見ても、90代で要介護のおばあちゃん...
なのに不思議と、今と変わらぬ美しさだった。
上半身を抱き起こし、顔を拭いてあげると、優しい眼差しで微笑み返してきたんだ。
「ずいぶん長いことがんばったね、これからは、いっぱいワガママ言って良いからね」
そう言ってあげると、穏やかな表情でニコニコしているばかり。
夢の中の私は、肉親なのか、介護士なのかは判らなかったが、何故か幸せな気分だった。
ここでいきなり、「ポン!」と目が覚めたのです。
気が付くと、顔は涙でグチャグチャだった。
幸せな気分だったはずなのに。
いいオッサンが、寝ながらボロボロ泣くなんて、恥ずかし...
隣で寝ているカミサンに、きづかれなかったことを確認すると、考え込んでしまった。
介護で幸せな気分なんて、実際にはほど遠いってことくらい、身にしみて解っているつもりだ。
現実に、80代でほぼ寝たきりの母親を、介護しているからね。
苦しんでいる姿に、目を覆いたくなったり、耳を塞ぎたくなることの方が、多いさ。
何で、そんな変な夢を見たんだろ?
介護疲れで参っていたからだろうか?
??・・・・!

94歳になる実母の介護をしながらも、老人ホーム慰問など、ボランティア活動に熱心な園まりさんの姿が、それに重なったんだろうか?
去年までは、亡くなったお姉さんと、力を合わせて、介護をしていたらしいのですが、今年になって、三人姉弟のうち、とうとう、まりさんただ一人になってしまいました。
一時は、悲しみと、心労・不安などで、声が出なくなったり、体調を崩されたりしたようですが、今はお母さんを、安心できる高齢者専用マンションに住まわせ、ヘルパーさんの力を借りて、仕事と両立していると云うことです。
           ※↑夢じゃなくて、現実の話です

夢の中のまりさんは、私に何か教えようとしていたのだろうか?
そんな気がして、結局朝まで考えてしまった。
もしかすると介護って、一生懸命なだけじゃ、いけないのかもしれない。
義務感が先行したり、いらいらしながら介護したら、される方だって不幸だものね。
オフクロが生きていてくれるだけで幸せ。
介護できることが幸せ。
そう思うことが、大切なんじゃないだろうか?
「介護は愛です!」
そんなこと、分かっているつもりなのですが、どうしても、目の前の大変さに振り回されてしまう。
「愛」なんて言ってる、心の余裕はありません。
それなら、せめて、形から入ってみようか?
夢の中で、園まりさんにしたように、笑顔で優しい言葉をかけながら、介護してみよう。
そしたら、こちらも、ちょっとくらいは、幸せな気持ちになれるかも知れない。
私は、まりさんほど、強くはなれないかも知れないが、少しでも近づくことは出来ると想う。
まりさんは、一人でがんばっているけど、私には妻も弟もいるしね。

                                                                

Photo_2

ところで、余談ですが、現在(いま)のまりさんが、一番美しく見えるのは、どんなときだと思いますか?
バッチリお化粧を決めて、大きなステージに立っているとき?
NHKなどに招かれて、豪華な衣装で出演しているとき?
私は違うと思います。
ボランティアで慰問をしているとき・・・特に老人ホームなどで、おとしよりと接しているときです。
どんな小さなステージでも、そんなときのまりさんは、本当に美しい。
美しい行いをしているから、そう感じると云った、精神的な話をしているのではありません。
ビジュアル的に美しいのです。
若いときは、キュートな美貌でしたが、今は優しさと気品漂う、大人の魅力です。
最初は、気のせいかとも思いましたが、ここ数年の写真を見て、確信しました。
何故だろうと考えましたが、結論は出ませんし、もしかすると、ご本人も気がついてはいないかもしれません。
私の勝手な想像ですが、お年寄りと接したときに、大きな歓びを感じているのではないでしょうか?
まりさんの歌に感激したり、癒されている「観客」の歓びを、ご自身のものとして感じているようなのです。
きっと、本来持っている優しさが、最大限発揮されているのでしょう。
その気持ちが表情となって、まりさんの美貌を引き立てているのだろうと想うのです。
確かに、最も美しかったのは、昭和40年代前半です。
当時の歌謡界において、美の頂点にいました。
しかし、大人の魅力を身に着け、ボランティア活動にいそしむ今の園まりさんには、それを凌ぐ一瞬があるように想います。
一つ残念なのは、そういった写真や映像が、ほとんど出回っていないと云うことです。
あくまで、善意の活動なので、仕方がないことかも知れませんが・・・

でも、もっと見たいなぁ~、ボランティアの写真。

Photo_3

まりさんが挨拶しているとき、ブツブツ言ってるおばあさん、よく聞いてみると、
「わ~かわゆいねー   ほんとかわいいんだわ」。
いいな~、このおばあちゃん、素直で。
私の母も、テレビを観ながら「まりちゃんカワイイ、カワイイ」って言ってます。

                          

                    

※いままでに、この4ヶ所のホームを慰問していることが、多いようです。

↓ふれあいを大切にしている、園まりさん
北信州みゆき 第13回総合JA祭り

                        

                       

まりちゃんの「壁紙」

副題:私が使っている、園まりさんの壁紙を公開します。

 

昔は、デスクトップの壁紙をバカにしていた。
「あんなの、ただの飾りだ! パソコンをオモチャにしてる」
でも、1台のPCの中で、複数のアカウントを使い分けるようになってから、どれを使っているのか、勘違いするようになってしまいました。
そこで壁紙を使い、各デスクトップのデザインを変えて、対応しているのですが、使ってみて初めて気付いたことがあります。
精神衛生上、きわめてよろしいのです、これが。

壁紙を眺めていると・・・
①いらいらしない。
②動作の重いPCでも、気長に待っていられる。
③目の疲れがとれる(私の場合に限定?)
④アカウント(デスクトップ)を切り替えるたびに、新鮮な気分になれる。

但し、それなりの絵を選ばねばなりません。
だから壁紙は、ビジュアル優先。
だったら「園まり」しかないでしょ!
同じPCでも、格段にカッコ良くなるんですよね。
アカウント別に使い分けていますが、全て、解像度「1280×800」用です。

 

 

 

Photo

デスクトップサンプル:管理者用

 

Golden_best

 

 

 

Photo_3

デスクトップサンプル:お仕事用

 

Kinikakaru

 

 

 

Photo_2

デスクトップサンプル:ブログ用

 

Ai_o_anatani 

 

 

 

Photo_4

デスクトップサンプル:普段使い

 

Yumeno_album_2

 

 

 

1366_768
デスクトップサンプル:気分転換

 

 

 

 

Photo

デスクトップサンプル:気分転換2

 

Hurusato

 

 

 

Photo

まりちゃんの さのさ

Photo_3

名古屋市内にて 2012年1月公開収録

素になったジャケ写真のイメージを、なるべく壊さないようにしてあります。

 

 

※著作権等について
使用している画像の権利は全て、レコード会社等、原権利者に帰属します。
無制限に複製が広がることを防ぐため、サイズの大きな画像には「apollo」の文字が入れてあります。

「女優:園まり」の演技力

副題:表情でセリフを語る、園まりさん

                        

私は洋画、特にハリウッド映画は好きだが、邦画はほとんど見ない。
だから、日本の俳優には全然興味がないし、詳しくもない。
でも、園まりさんだけは別なんですよね~
「園まりさんなら、何でもOKなんだろう」と突っ込まれたら、否定できないところもあるのですが、「女優:園まり」は客観的に見ても、ほんとに良いです。
何が良いって・・あの・・・・美貌 (^-^;
最初はね、美しい姿に惹かれたのは、確かです。
でも、何度も観ていると、それは、「女優:園まり」が持つ深い魅力の中でも、ほんの入り口にすぎないことに、気が付きます。
一本映画を観たとします。
一回目は、筋書きや脚本のおもしろさ、まりさんの美貌と愛らしさを堪能できます。
二回目は、自然な演技に魅了されます。
三回目からなんですよね、「女優:園まり」のほんとの魅力が、解ってくるのは。
主題に「女優:園まり」の演技力と書きましたが、正確に云うと、表現力と言った方がいいかも知れません。
実はまりさん、セリフやその言い回しが、大得意ってわけでは、ないのですよね。
じゃ、何がそんなに魅力かと云ったら、表情と仕草です。
感情表現を実にリアルに、そして美しく表現しているのですよね。
セリフに出てこない言葉を想像させる・・・小説に例えたら「行間を読ませる」と云ったらいいのでしょうか?
そんなことを、観る者に感じさせてくれるのが、園まりさんの魅力なのです。
だから、同じ映画を何回観ても、あきない。
観るたびに、新しい発見があるのです。
何れの表情も一瞬(瞬きしたら見逃します)ですが、一例を挙げましょうか。
わかりやすいところで「クレージー黄金作戦」から

Photo

『花園君、私と...結婚してくれ!』
『まァ........!そしたら、あたしのお願い聴いてくださる?』
(梨本先生をクビにしないでって、お願いしようかしら?)
『いいとも、望みがあるなら、何でもかなえてあげるよ』

Photo_2

(・・・何考えてるの?...そんなこと、できない)
『いいえ、あたしやっぱり....失礼します』

『』は実際のセリフですが、映画の中には存在しない( )の言葉を想像できる。
園まりさんの演技(表情)が、いじらしい乙女心を感じさせます

                       

                       

もう一つ、今度は上級編で「クレージーメキシコ大作戦」からです。

Photo_3

『常務さんのお嬢さんと婚約したって、ホント?』
『そっそんなこと無いよ!』

Photo_4

『そりゃそうよね、三郎さんには、あたしがいるもんね』

ヒェ~・・・こっ怖い。
突っ込みまくる雪子(園まり)に、タジタジの鈴木三郎(谷啓)。
でも、このシーンで園まりさんが表現しているのは(お願いだから、あなたのことを信じさせて)なのです。
こんな怖い表情で、「とびきり可愛い女」を演じているんですよね

こう云ったことは、脚本家や監督の意図を、如何に表現するかにかかっている訳ですから、才能だけでは出来ない。
どんなに才能に恵まれた俳優であっても、独りよがりでは無理な事なのです。
園まりさんの人柄を想像してください。
宮川先生の歌唱指導を謙虚に受けとめ、坪島監督の演技指導のとおり、生真面目に熱演したまりさんの人柄を。
映画なんて、監督や脚本家無くしては、存在しません。
どんな名優でも、監督を振り回したら、ロクな映画は出来ませんからね。
映画を観ていると、まりさんの誠実な人柄が見えてきます。
しかし、まりさんの着物姿って、良いな~

ところで、演技や表現力とは直接関係ないことですが、まりさん御本人の「癖」もまた魅力なのです。
たとえば・・・

Photo_5

『かってに患者さんを特別室に入れたりして、院長さんに叱られないかしら...』

この時、体をひるがえしながら、フワリフワリと歩く仕草、これは多分、演技じゃなくて、「癖」なんですよね。
ゆっくりとスタンドマイクに近づくとき等に、時々出る癖。
それが、ステージ上の「カッコイイ園まり」として脳裏に焼き付いているので、何でもないシーンが、すごく素敵に見えてきちゃう。
他にもいろんな「癖」が散見されます。
そんなところも見所なんですよね。

このような、「癖」や個性、「謙虚さ」が魅力の超大物俳優といったら、真っ先に思い浮かぶのが「石原裕次郎」「渡哲也」です。
まりさんも、大物俳優になれる資質は十分あったと思いますが、やはり、根っからの歌い手なんでしょうね。
歌手から女優にシフトしようと云う考えは、無かったようです。
もったいないですが・・・
でも、おかげで今でも、現役バリバリの歌声が聴ける。

さて、今夜はどこから観ようか? それともCDを聴こうか?
「園まり」の魅力は尽きない。

----------------------------------------------------
「園まり」出演映画

1973年 東宝 夕日くん サラリーマン仁義
1971年 東宝 だまされて貰います
1969年 東宝 愛のきずな
1968年 東宝 クレージーメキシコ大作戦
1967年 日活 愛は惜しみなく
1967年 東宝 クレージー黄金作戦
1967年 日活 夢は夜ひらく
1966年 日活 逢いたくて逢いたくて
1965年 東宝 続西の王将・東の大将
1965年 東映 一発かましたれ
1964年 東映 十七才のこの胸に
1964年 東宝 西の王将東の大将
1964年 東宝 続若い季節
1963年 東宝 若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん
1963年 東宝 ハイハイ3人娘
----------------------------------------------------

                                       

園まりニュース

テレビ朝日/テレ朝ニュースに、園まりさん関連のニュースが載っていました。

現在は削除されてしまいましたので、下に内容を記述します。

 

 

「スタンド・バイ・ミー」日本語で蘇る!(10/31 09:41)

米R&B歌手ベン・E・キング(73)が、11月16日に発売する日本独自企画アルバム「Dear Japan, 上を向いて歩こう」の中で自身のヒット曲「スタンド・バイ・ミー」の日本語バージョンを収録したことを31日、発表した。
翻訳家の大塚彩子さんが翻訳し、歌手・園まりがライブで歌っているバージョンを採用した。
歌い出しは、「どんなことが 起こるとしても 不思議はない それがこの世界」となっている。
キングは「日本語の“音”が大好きなんです。日本にも何回も行き、素晴らしい国なのでぜひ日本語で歌ってみたいと思いました」とコメントした。
「スタンド~」は1961年にリリースされ、86年にも同名の映画の主題歌としてリバイバルヒットした。
レディー・ガガとスティングがライブでデュエットするなど、多くのアーティストがカバーし、世界のスタンダードとして人気がある。
キングは11月18日から来日ツアーを行う。

「園まり節」

副題:まりさんにとって、至難のわざだった「園まり節」

 

○声楽家としての素養
「園まり節」・・この魅力的な歌唱法は、いつ、どのようにして生まれたのだろうか?
カバーポップス時代のCDやレコードを聴くと、しゃくり上げるような歌い方や、深いビブラートは認められるものの、声を張り上げて歌う感じで「園まり節」とは程遠い。
その頃のステージを見たことがないので、定かなことは言えないが、正式に声楽を学んでいるらしい※ので、その基本にそって歌っていたのではなかろうか?
       ※杉の子こども会→キング児童合唱団→東洋音楽学校

Photo○宮川先生との出会い
年代順にリリースされた曲を聴いていくと「園まり節」を感じるのは「♪何も云わないで」からだ。
但し、それは初期の形で、とてもあっさりした感じ。
ステージ等では、レコードよりメリハリがある上、もっとサラッと歌っていたような気がする。
個人的には、とても清楚な感じがする、この「未完の園まり節」が大好きなんですけどね。
それが完成形となるのは「♪逢いたくて逢いたくて」の頃だろうと思う。
つまり、それらしい形が出来上がってから、熟成し完成するまで、さらに1年以上要したのですね。
園まりさんの才能と努力を持ってしても「一朝一夕」に出来上がるものではなかった。
じゃ、この「園まり節」を考え出したのは誰かと云えば、今更説明の必要ありませんね~
そう、宮川泰先生です。
各種記事やDVD内のコメントトラックなどから判断して、宮川先生と園まりさんが初めて出会ったのは、ナベプロのオーディションを受けたときだと想われます。
オーディションでは、先生のピアノ伴奏で大津美子さんの「♪ここに幸あり」※を歌ったらしいのですが、カバーポップス全盛時代にあえて歌謡曲(当時は流行歌と言っていたような?)を歌い、一発合格だったそうですから、歌謡曲の才能は、当初から認められていたのでしょう。
それでも、リリースする曲は時流に乗らなければなりません。
「♪鍛冶屋のルンバ」でレコードデビュー以降、2年近くは、ほとんどカバーポップスばかり歌わなければなりませんでした。
特に苦手だったのが、「踊りながら」歌うことだったようです。

        ※あの美しいビブラートで歌うところを想像したら...
          うわ~、聴いてみたい、園まりさんの「♪ここに幸あり」

Photo_2○転機
そんな園まりさんに、転機が訪れます。
たまたまレコーディング中のスタジオに来た、出前持ちのお兄さんが「この歌手は、絶対歌謡曲だよ!」。
レコードを買うのは専門家ではなく一般人です。
そんなこともあり、カバーポップスのヒット曲「♪太陽はひとりぼっち」、その声を聴いたときに「歌謡曲!」と云うのがヒントになって「♪何も云わないで」が出来上がっていったと云うのです。

う~む、そう想って「♪太陽はひとりぼっち」を聴くと、それっぽいかなぁ~
宮川先生ほどの作曲家になると、どんな些細なことからも、建設的なヒントを得られるほどの、鋭い感受性をお持ちなのかも知れませんね。
かくして、園まりさんが歌うことを前提に「♪何も云わないで」が作曲された。
しかし、それからが大変でした。
先生と、園まりさんで、二人三脚の特訓ともいえる、レッスンが始まります。
それまで、朗々と歌っていたまりさんにとって、ジャズ歌手のウィスパーボイスの如く声を抑えて歌うのはとても大変なことでした。
一小節毎に、言葉の言い回しから声の押さえ具合まで、細かく指導されます。
先生は優しく、そして根気よく歌唱指導されたと想いますが、何しろ未知への挑戦です。
まりさんにとって、精神的に参ってしまうほど、大変なことだったに違いありません。
しかし、持ち前の謙虚さと忍耐力で、歌唱指導を受け入れ、レコーディングに漕ぎつけます(見てきたようなことを書いていますが、全部想像です)。
            

 

2

○「園まり節」
こうして出来上がったのが「♪何も云わないで」であり「園まり節」だったのです。
そして、初期の「あっさりした」園まり節は「♪逢いたくて逢いたくて」「♪愛は惜しみなく」とさらに熟成を重ね、唯一無二の歌唱法となります。
これは、宮川先生が歌唱指導にあたっていないはずの「♪夢は夜ひらく」でも遺憾なく発揮され、大ヒットとなりました。
この時点で、園まりさんと「園まり節」は完全に一体となり、一つのキャラクターになったのです。
でも私は、熟成する前の「あっさりした」園まり節が好きなんですよね。
たまには歌ってくれないかなぁ~、「あっさりとした、♪何も云わないで」を。

いじめ

副題:園まりさんも、幼い頃、イジメに傷ついていたらしいのです

                                                   

まず最初に・・・
私自身いじめられていたことは
「♪何も云わないで」のところで書いたのですが、逆に人をいじめた経験も告白せねばなりません。
小学5,6年の時、いつも一緒に遊んでいた「悪ガキ5人組」の中に、「中性」とあだ名されたヤツがいた。
気立てが優しく美男子だったので、女子にはけっこう人気があったが、声が甲高いのと、走り方が少しナヨナヨしていたせいで、誰かが「中性!」と呼んだ。
それがそのまま、あだ名になっちゃったんだ。
私は、彼の優しくて思い遣りある性格が好きだったが、親しみを込めていつも「中性!」って呼んでいた。
ある日、いつものように「中性!」と呼んだが、返事がない。
「おい、中性!」もう一度呼んだとき、ふり返りざま「僕は中性じゃないやい!」・・・その目には、涙があふれていた。
一年以上、いや二年近く、屈辱に耐えていたことを訴える眼差しだった。
ショックだった・・いじめられる者の気持ちは、人一倍解っているつもりだったのに。
でも、自分では気がつかない内に、イジメ続けていたんだ。
この一件でしばらく自己嫌悪に陥り、それに懲りて、彼のことを二度と「中性」と呼ぶことはなかった。
私にとって幸いだったのは、その後も彼は何事もなかったように、付き合ってくれたことだった。
中学に入ると、背が伸び、ひげが生え、声変わりした彼を「中性」と呼ぶ者は誰もいなくなった。
女子に人気の、フツーの「男子生徒」になったんだ。
このことで学んだのは、「いじめるつもりが無くても、イジメになってしまうことがある」ってことだ。
人の痛みが解る心、相手が傷ついていることに気付く感受性、「嫌がらせなんて、絶対にしないぞ」と云う意識。
そういったものを、常に持ち続けなければ必ず「いじめ」に繋がる。
私をいじめた担任教師も、上に書いたような配慮が、少し欠けていただけで「いじめてやろう」なんて思わなかったに違いない。
手に負えない生徒だから「少し懲らしめてやろう」とは思ったかも知れないが。

だいぶ話が脱線したが、園まりさんのことを書こう。
いじめられるきっかけは、やはり「目立つ」ことにあったようだ。
まりさんは、物心つくかつかないかの幼い頃、年長の子と遊んでいて、大けがを負ってしまう。
左腕骨折だが、小学校に入学してまもなく、入院・再手術したと云うから、骨折でも、かなり重傷の部類だったのだろう。
目立つ傷が残らなくて良かった・・・女の子だからね。
それはともかく、ギプスのため洋服は着られないので、着物に羽織り姿で登校したそうな。

Photo_2

上の写真は、怪我が治った後の物だと想うが、昭和20年代の子供としては、姉妹そろって、かなり目立つ容姿だ。
それが、着物に羽織り姿となれば、イジメっ子の標的となるのは想像に難くない。
カミさんに「女の子のイジメ」がどんなものか教えてもらったが、男の子のそれに比べるとかなり陰険なようだ。
「仲間はずれ」「無視」「陰口」「遠回りに嫌がらせ」等々・・・男に生まれて良かった。
おそらく園まりさんも、そういったイジメにあったのだろう。
ところで、私は小学2年の時、鉄棒から飛び降りて左手首を骨折、2ヶ月間ギプスだった。
入院するほどではなかったが、片手が使えない。
登校するも、鉛筆を削ることさえ出来なかった。
当時の鉛筆削りは、電動じゃなかったからね。
それは一例だが、とにかく、あらゆることで友だちの助けがなければ、学校生活は成り立たなかったんだ。
そういった状況で、イジメにあったとしたら、これは辛い。

まりさんも、どうしようもない困った状況に、度々立たされたであろうし、それよりも、精神的ダメージはもっと大きかっただろう。
一度標的になると、怪我が治ったあとも、イジメは繰り返されたかも知れない。
こころねの優しい、内気な子だったのに。
                                 ※想像です

そんな体験から学んだことは「イジメ、意地悪だけは絶対にしない」と幼心に誓ったことだったと云う。
私も、いじめられている時「自分は人をいじめたりしない」と心に誓ったような気はするのですが、喉元すぎると熱さを忘れてしまった。
そして結局は、人をいじめてしまい、忘れていたことを「中性」に教えられた。
まりさんは現在(いま)でもきっと「自分自身のルール」として心に刻んでいるのだろう。
園まりさんが持つ、優しさと強さの秘密を、ほんのちょっとだけ垣間見たような気がする。

参考:夕刊フジ 自伝「園まり」

実は、同じ紙面に、もっと大変なことが載っているのですが、私の人生経験からでは、ちょっと想像するのが難しい。
十分理解せずに書くのは失礼なので、割愛させていただきます。
しかし、園まりさん、そんなことを、意外なほどあっさりと、カラッと言ってのけるんですよね~
見かけによらず、性格が男っぽいのかしらん?

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »