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「♪何も云わないで」

副題:落ちこぼれ児童に、勇気を与えてくれた歌

《「園まりの歌声」に救われた日》の内容と重複するので、何度も同じ事を書くやつだ、と思われそうですが、まだ書き足りない・・・私にとって「園まりの原点」はここにあるので。

私は小学校3,4年生のとき、担任の若い女性教師から、ひどくいじめられていました。
ある誤解から生じたすれ違いは相性の悪さとなり、やがては決定的に嫌われることとなったのです。
一番傷ついたのは、忘れもしない、三者面談のとき、親子そろって罵倒されたことだった。
「この子はなまかわ(怠け者)です、性格も変です、普通学級に通わせることは出来ません、どこかの特殊学校に行ってください!」
あっけにとられている母に対して「お母さん、あなたも変です、どこかで診てもらいなさい!」
誓って云うが、上の文は先生の言葉を、一字一句正確に再現したものである。
「自分が怒鳴られるのは、仕方ないかも知れないが、愛する母にまでこんな仕打ちをする先生を許せない」・・・そう思ったが、何の力もなく、どうすることも出来ない。
家に帰ってからも、母は何も言わなかった。
数日後、父親から「おまえ、今の学校をやめて、隣の学校に通うか?」と聞かれたとき、即座に「そうする」と答えた。
友達と会えなくなるのは嫌だったが、あの先生と会わずにすむ方を選んだんだ。
でも、実際には何も変わらなかった。
越境通学は、認められなかったようなのだ。
自分にも、何らかの非は有ったのだろうが、その若い女の先生はヒステリー気質で、幼い私にとっては危険ですらあった。
ある時、ビンタをもらった瞬間、目尻に鋭い痛みを感じた・・・先生の右手薬指には、ごつい指輪があったんだ。
それからというもの、ビンタの恐怖にとりつかれ、指輪を見ると後ずさりしたり、走り回って逃げるようになった。
おかげでビンタは受けずにすんだが、そのかわり、廊下に立たされることが多くなった。
これが、精神的にはとてもつらくて、「あんたなんか、授業を受ける価値がありません!」と言われているに等しく思えて惨めだった。

Photo

園まりさんが先生だったら...

この頃、ラジオやテレビではよく「♪何も云わないで」が流れていて、私は完全にその声のとりこになっていました。
先生の、異常気質でヒステリックな怒鳴り声に、ほとほと参ってしまい、それが高じて、女性の声全てに恐怖を感じるほど、追いつめられていた・・・そんな私にとって、園まりさんの美しく優しい声は「地獄に仏」いや「地獄に天使」だったのです。
あるとき、放課(休憩時間)を夾んで、いつもより遥かに長い時間、立たされたことがあった。
惨めで惨めで、こんなことならいっそ死んでしまいたいと思ったとき、園まりさんの顔が浮かんだ。
「同じ若い女の人なのに、どうして先生とこんなに違うんだろうか?」
「園まりさんが先生だったら良かったのに」
そんな、途方もないことを考えながら廊下の窓辺により、桟に肘をかけた。
「今は何も云わないで だまってそばにいて・・・」自分にも聞こえないほど小さな声で、つぶやくように歌ってみた。
そのとたん、心の中で何かが堰を切ったように感じられ、涙があふれ出してきた。
園まりさんの幻が、すぐそばで、優しく静かに見守っていてくれるような気がしたんだ。
見ることは出来なかったけれど、確かに感じた。
私を優しく見つめながら「何も云わないで だまってそばにいて」くれたのです。
とめどもなく涙はあふれ、頬をぬらし、窓の桟にしたたり落ちた。
そして、ひとしきり泣くと、すぅ~っと気持ちが楽になり「なんだこのくらい、僕は平気だ」と勇気が出てきたのです。
そんなことが何度かあってから、悲しくても苦しくても、何ともないときでさえも、まりさんの姿を想い浮かべながら「♪何も云わないで」を口ずさむようになった。
いつしか、私にとって園まりさんは特別な人となり、「♪何も云わないで」は特別な歌になった。
そして、「僕の初恋の人は園まり」と想い込むようになっていったのです。

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