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「園まり」長者番付に

副題:億万長者になっても、寂しげな表情だった園まりさん

                                             

今年(2011年)9月に放送された、テレビ朝日「時代が選んだNo1永遠の名曲歌謡祭Ⅲ」、しっかり録画してあります。
中でも、園まりさんが歌う「♪太陽はひとりぼっち」と昭和40年代のスパーク三人娘の映像がお気に入り。

Photo

何度も繰り返し見ているのですが、ここに出てくる園まりさん、初々しくてかわいいですね~。
よく見ると「当時23歳」とテロップが出ています。
実は、我が家の長女が今年23歳、同じ年齢なんです。
でも、女性らしいところは全然ないし、言葉遣いなんて男みたい・・・園まりさんの爪の垢でも煎じて、飲ませたいくらいだ。
それでも、若い頃のまりさんと、我が娘の顔がだぶって23年間を走馬燈みたいに思い出した。
妻にしてみれば、長女が生まれた時でさえ、仕事に出かけるような、ひどい夫だったと思う。
当時は「電波申請業務」といって、無線機と電波の通り道(NTTのパラボラみたいな物)を「電波監理局」なるお役所に、正式に認めてもらうための手続きをする、お仕事をしていました。
その頃はバブル経済になったばかりで、私が住む名古屋の中心部にも、たくさん高層ビルが建ちそうだった。
そんな場所に目を付け、先に「電波の通り道」を確保してしまうのです。
ビル建築が確実となったら、「電波の通り道」の既得権を盾に、有利に交渉を行います。
まるで、「ゆすり」「たかり」の類なのですが、これでも合法的な手段だそうです。
私は、この仕事が嫌で嫌で仕方がなかったのですが、生活がかかっているので、やらないわけにはいきません。
「ビルが建ちそうな場所」を見つけるため、航空写真や各種新聞、法務局での登記事項等、片っ端から調べていました。
そんなとき、どこかの新聞で『園まり』の文字を見たのです。
ずっと忘れていた・・・懐かしい名前。
一瞬、手が止まりましたが、殺気だって仕事をしていた私は、記事を読むこともなく業務に没頭したのでした。
それから何日か、もしかすると何週間か経った頃、少し余裕があったので、近くのレストランに昼食を摂りに行きました。
そのとき、カウンター横にあった雑誌の表紙に「園まり」の見出しを見つけたのです。
食事の注文もそこそこに、雑誌を広げると、懐かしい姿・・・

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写真は記事の内容とは関係がありません

どこかの、こぢんまりとしたステージで歌っている、モノクロの写真です。
横には、赤坂のビルが坪何千万で、突如長者番付に云々...
「園まりさんも、ふっくらした顔のオバチャンになっちゃったなぁ~」そう思いながら、顔を近づけてよく見ると、やっぱり美しくて、優しい。
ところが、しばらく見つめていたら、何だか悲しげな表情に見えてきたのです。
それが気になって、その店に再度食事に行ったとき、その雑誌を探し出してもう一度観ました。
やはり悲しげに見える、というか何か寂しげに見えるのです。
億万長者になったのに。
この頃は、いつもそんな表情だったのか、たまたまそんな写真が選ばれただけなのかは、私には判りません。
でもこのとき「もしかしたら、これで歌うのをやめてしまうのではないか?」と不吉な予感がしたのです。
今にして思えば、半分だけ当たっていたのかも知れません。
実は、最近《夕刊フジ『自伝』集中連載記事》を全号手に入れる事が出来たのですが、まだ最初の方しか読んでいません。
後半には、その頃から現在に至るまでのことも出ているかも知れませんが、「これからのお楽しみ」ってことで、ゆっくり読もうと思っています。
「とんでもなく悲しい話が出てこなければいいなぁ~」と、ちょっぴり不安だけど、現在(いま)の園まりさんが元気いっぱいだから、大丈夫でしょう。
まりさんの人生に幸ありますように・・・

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