最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« あなたをなくしたら わたし きっと 生きて行けない | トップページ | 園まり/目次 »

「♪圭子の夢は夜ひらく」がヒットしたとき

副題:園まりさんの曲が、取られちゃったような気がして・・・

このページに書いてあることは、100%私のグチです。
藤圭子ファンにとっては、不愉快なことが書いてあるかも知れません。
そう感じられた方は、どうか読まないで下さい。

Photo

大阪万博の年、藤圭子さんが歌ったこの曲は、爆発的に売れて、しかも長くヒットしていたために「♪夢は夜ひらく」と言えば「藤圭子」と言う認識が日本中に定着した。
歌詞もすばらしかったが、声もドスが効いていて、こりゃ売れるわけだと思った。
でも元はと言えば、1966年に園まりさんが歌った曲。
こちらも国民的大ヒットで、日本に住んでいて知らない者はいなかったし、映画にもなるほどだった。

Photo_2

「♪夢は夜ひらく」と言えば、唯一無二で、園まり。
この絶対的に定着したイメージは、未来永劫に続くものだと思っていたし、園まりさんの勲章だと思っていた。
それなのに、ああ・・それなのに、それを、藤圭子さんにもって行かれちゃうなんて。
おもしろくなかった、本当におもしろくなかった。
一番おもしろくなかったのは、雑誌などが、園まりさんの「♪夢は夜ひらく」を「昔の歌」扱いしたことだった。
「♪圭子の夢は夜ひらく」を園まりさんの「カバー」だと言わずに「昔同じ曲でヒットした園まり・・・」等と、馬鹿げた記事を見た時は悲しかった。
私の個人的な考えですが、歌謡曲と云うのは、その良さを感じることが出来るまでに、時間が掛かる。
どんな名曲でも、本当の良さが分かるのは、ある程度耳に馴染んでからだと思う。

Photo_3

園まりさんが初めて歌ったとき、そのメロディーを知っている人は誰もいなかった。
「♪夢は夜ひらく」は名曲だが、旋律は、かなり特殊です。
ごく短いメロディーを、何度も繰り返し、歌謡曲と言うよりは、数え歌に近い。
これを普通に歌ったら、とてもつまらないものになり、耳に馴染む前に飽きてしまう。
万人に受け入れやすく、しかも情感たっぷりに歌い上げるためには、ムード歌謡仕立てと、「園まり節」は不可欠だったに違いない。
逆に言えば、当時「♪夢は夜ひらく」を本当に歌いこなせる歌手は、園まりさんだけだった(実際には複数の競作が有ったらしいので、そちらのファンから顰蹙を買いそうだが)。
曲の生い立ちも旋律も特殊だが、歌詞も特殊で、「夢は夜ひらく♪」と歌う部分以外は、一番から六番まで、七五調の歌詞がたった三行しかない。
これがどのくらい不思議な曲かというと、ステージ等で観客は、前奏・間奏そして最後に拍手をすることが多いが、そのタイミングさえ掴めないほどだった。
このような、それまでになかった特殊で新しい歌謡曲に、園まりさんは先駆者として挑み、他の競作者が誰一人として為し得なかったことを、見事にやり遂げたのです。
まりさんが、大ヒットさせたおかげで、全ての日本人の耳に馴染み、「♪圭子の夢は夜ひらく」がリリースされたとき、誰も不思議なメロディーだとは思わなかった。
そしてその分、「名作だが極端に暗い歌詞」と藤圭子さんのそれまでにはなかった「個性的な声」で、新しい特色を出すことが出来たのではないだろうか。
「♪圭子の夢は夜ひらく」・・・この歌謡史に残る超個性的な歌が、比較的すんなり受けいれられ、早い立ち上がりで大ヒットしたのは、園まりさんの大きな足跡があったからに他ならない。

Photo_4

ところで、知っている人は、当たり前のように知っていると想うが、元々「♪夢は夜ひらく」は鑑別所の中で歌われたものだと言われている。
この話は、園まりさんがヒットさせた頃には聞いた覚えがないので、「♪圭子の夢は夜ひらく」の時に初めて、雑誌などのマスコミを通じて、流されたのだと思う。
当時「♪圭子の夢は・・・」が、ヒットしているのがおもしろくなくて、聴くもんか、と思いつつ、興味は津々で雑誌を読みあさった。
その時見た歌詞なのだが、手元に何の資料もなく、おぼろげな記憶だけでは、とんでもない間違いを書きそうなので、今回は割愛しようと思う。
ただ、自由があるのは、夜見る、夢の世界だけ。
鑑別所という、身動きのとれない世界で、八方ふさがりの状況を嘆き恨んでいるような印象だった。
元々が、このような恨み節だとすると、「♪圭子の夢は夜ひらく」の方が本来の形に近いだろう。
しかし、藤圭子さんがそれを1966年に歌ったら、ヒットしたかと考えると、そうとは思えない。
世の中に、それを受け入れるだけの土台が出来ていなかった。
その土台を作ったのが、園まりさんだった。
まりさんが、先鞭をつけたからこその「♪夢は夜ひらく」なのです。
私の頭の中で「♪夢は夜ひらく」と言えば、唯一無二で、「園まり」。
この絶対的に定着したイメージは、未来永劫に続く。
そして、私より上の世代では、多くの者が「♪夢は夜ひらく」と言えば「園まり」なんだ。

 

2011年9月19日追記
アチャー、また訂正です。
漫画家のやくみつるさん、私より3歳ほど、お若いはず。

×私より上の世代では、多くの者が「♪夢は夜ひらく」と言えば「園まり」なんだ。
○私より若い世代の、多くの者もきっと「♪夢は夜ひらく」と言えば「園まり」なんだ。
 

余談ですが、やくさんが手に持っている雑誌は、これですな。

410623

週刊大衆 昭和41年6月23日号

このページの音源については、morawinにリンクさせていただきました。

2013年8月23日追記

先ほどニュースで、藤圭子さんが亡くなったのを知り、驚いているところです。
彼女に何があったのかはわかりませんが、あまり人生を器用に生きた方ではなかったようです。
しかし、最後まで歌に情熱を燃やし続け、62年の歳月を、真剣に生きた人であったと信じています。
今はただ、ご冥福をお祈りするばかりです。

« あなたをなくしたら わたし きっと 生きて行けない | トップページ | 園まり/目次 »

園まり」カテゴリの記事